幸いなことに、と言うべきか。 法霊石は無傷だった。 被害らしき被害は、数人が怪我をしたことと、馬車の外側が少々焦げてしまったことくらい。それだって些細な程度だ。見捨てて、捨てていかなければ進めない、というほどではない。 レアノージュとノイン、ふたりにとってもっとも助かったのは、リエンのおかげでノインの戦いっぷりがくすんでしまったことだ。 多少の無理があっても『火事場の馬鹿力だ』の主張で乗り切ろうとしていたのだが、そんな追及は誰もしてこない。 皆、リエンが使ったのがただの夏季の精霊ではなく、夏季の精霊王であることに驚愕し、もうひれ伏さんばかりなのだ。 当のリエンはそんな反応に慣れているのだろう。 初めてレアノージュに会ったときには必要以上の丁重な扱いを嫌う素振りを見せていたが、こうなってしまえばどうしようもないという諦めも見え隠れしていた。 それでも、同じ<精霊の恋人>としてなのか。 レアノージュが以前と変わらない態度なのを見て、ぱっと顔を輝かせた。 「うんざりしちゃう」 ごとごとと動く馬車の中で、リエンはため息を落とす。 馬車の中には他に誰もいない。 術者の面々はリエンに追い出されてしまったのだ。理由はわからないが、困った巫子様だ。 だからといって大切な巫子様を独りきりにしておくわけにはいかない。 さんざん全員が譲り合った結果、同じ<恋人>なんだからという理由でレアノージュに席が回ってきたのだ。ついでにノインもセットの扱いで。 もっとも、リエンが「馬車が狭くなる」という、わかるようなわからないような理由でノインを却下した。ここにいるのはレアノージュだけである。 「祀殿でだって、ここまで酷くはなかったのに」 「<精霊の恋人>だってだけで、どんなにレベルが低くてもありがたがって祭り上げるのが一般市民というものですから」 それが精霊の頂点にお願いできるほどの人間が近くにいるとなれば、その盛り上がりは想像を絶する。 かつて経験したいろいろな事件をレアノージュは思い出す。 祀殿が<精霊の恋人>を世間から引き離し教育を施すのは、能力のコントロールのためだけではない。普通の人間の雑多な欲から、<恋人>自身を守るためでもあるのだと学んだ。 「祀殿のほうが、耐性もありますし」 強い<精霊の恋人>だからといって、それが精霊王に近づくほどの寵愛を受けているのだと知って、おろおろとするような組織ではない。 初めて世間に出たリエンには理解できないのだろう。 どこか冷たく聞こえるレアノージュの言葉に不満なのか、所在なげにしていた足で椅子を蹴った。 「だからって、人を『ローズマリーの再来だー!』とか。もうもうもうっ!」 「それは誰が?」 「術者たちよ、じゅ・つ・しゃ!肝心のときに役に立たなかったくせに、好き勝手するんだからっ!」 どうやらかなりきらきらとした視線で見つめられたらしい。 先の襲撃の際、敵は空中に睡眠薬を撒いて皆を眠らせたそうだ。夏季の精霊だけでなく秋季の精霊の加護もあるリエンは、彼らのおかげで薬が効かなかったのである。だが、馬車はくせ者に取り囲まれてしまい、頼りにすべき術者は睡眠中。しかたなく、襲撃者を片付けるべく精霊に頼ったのだという。 護衛にはあまり役に立たなかったうえに、尊敬の眼差しを四六時中向けられれば、リエンの性格だ。追い出したくもなるだろう。 「だからノインも追い出したんですか」 リエンの発言から、ようやく相棒が外を歩いている真実の理由をレアノージュは見つけ出した。 「だって、精霊王にノインじゃ、本当にローズマリーみたいじゃない」 ノインというのはどこにでもある名前だ。が、それがどこにでもある理由は、聖人として崇められるローズマリーを傍らで支えた<ローズマリーの守護者>ノインにあやかろうというものである。 そう考えれば、揃いすぎてしまって嫌なのも頷ける。 精霊王ひとりでローズマリーと重ねられるのは迷惑だ。彼女は春夏秋冬を自由自在に従えた、いわば非常識のカタマリだったのである。 「……くやしいことに、いつも呼び出せるわけじゃないんだし、精霊王」 「……たまにでも呼び出せれば良いじゃないですか、精霊王」 そもそもの前提条件として、精霊王を呼び出せるというのが規格外なのである。術者であれ、<精霊の恋人>であれ、精霊王などというものは普通は一生お目にかかることのできない存在だ。リエンの基準は、最初から常識の範疇にない。 レアノージュの当然の突っ込みを、少女は聞いていない。 がつん。また足で板を蹴りながら呟く。 「今回だって、どうして来てくださったのかわからないし。よくわからないことをおっしゃって、帰ってしまわれるんだもの」 「よくわからないこと?」 「そう。『懐かしいのが珍しいのを連れてるのが見えたが、相変わらずのようだ』ですって」 「……」 わかる?と首を傾げるリエンに、レアノージュは内心で汗だくになった。 (珍しいのとか懐かしいのって……) それって。もしかしなくても。 離れた場所で春季の精霊王を呼び出していた彼としては。ついでにノインが何で、何をしていたかを知っていたりするし、話すことすべてが地雷になりそうだ。 救いはリエンが春季の精霊については加護がなく、レアノージュの行動について知り得ないということか。 それでも心臓に悪いのは確かなので、早々に話題を変えようと彼は言葉を探る。 「祀殿の方たちは、精霊王については?」 「もちろん知ってるけど、みんな普通だったわよ。祀殿長とか、器の<守護者>たちは、たしかに平気だっていうのは当たり前かもだけど……プリメラとかも気にしてないみたいだったし」 ぽつんと具体的に上がった名前。 レアノージュは聞き覚えのあるそれを、思わず繰り返していた。 「プリメラ」 「えっと……私の世話係のなかで一番偉い人、かしら」 他に肩書きはいろいろとあるのだが、詳しくはリエンも知らなかった。 ただ、今までの調子を崩したレアノージュが気になった。 「えっと……知り合い?」 「うーんと」 直球で尋ねられて、彼はどうしようかと頭を掻く。 変にごまかしてはそれこそ不審だろうし。心臓に悪い話題から悪い話題へと移ってしまった。 迷ったあげく、とりあえず抽象的だが正直に答えてみた。 「その人が茶色の髪で、春季の術者で、三十歳くらいだったら、知り合いだけど……」 「じゃ、違うわ。プリメラは術者じゃないし、ちょうどノージュと同じくらいに見えるもの」 緩くリエンは首を振った。 その返事にレアノージュはほっとする。 彼の記憶のプリメラとは別人のようだ。 それはそうだ。心配のし過ぎ。 彼女が起こした行動を考えれば、レアノージュのプリメラは良くて祀殿から追放されただろう。最悪、すでにこの世の人間ではなくなっている。 <剣鎮め>の儀式の巫子の世話係を続けられているはずがない。 「じゃあ、偶然か。よくある名前っていうわけでもないから、少し驚いて」 「そう。知り合いだったら面白かったのに」 残念そうなリエンにレアノージュは微笑みで応じた。音を出したら、不協和音になってしまいそうだった。 沈黙が流れる。 途切れた話題に変わるものは浮かんでこない。 響くのはがたがという規則正しい振動音。 もう道は森を抜けただろうか。今日中にシュトラウスの街へ着けるとは聞いていたが、それがいつ頃になるのかというのは予想できるものではなかった。 (そろそろ、襲われてもおかしくないしなあ) <精霊の恋人>がいつのまにかふたりに増えている。 この新しい情報に、襲撃者のほうも体制を変えてくるはずだ。 (本当なら、リエンとは別々に動いた方がいいんだけど) ばらばらに襲われては面倒だと周囲に言いくるめられたが、レアノージュはそうは考えていない。 どうにかして馬車を出たいなあと考えていると、それを破るようにリエンが「待ち伏せ?」と呟いた。 「どうしたんです?」 「ちょっと先、道を曲がったところの木陰にあやしげな人たちがいるって、精霊が」 どうやら先の襲撃に懲りて、少女は秋季の精霊を偵察に使っていたらしい。賢い手だ。 「どうしよう。誰に知らせればいいのかしら」 前言撤回。賢いが、年相応だ。 とりあえず窓から顔を出して、近くの誰かに告げればいいのではないか。 教えようとした瞬間、がこりと馬車が揺れた。反動でふたりが前にのめる。――助言は、間に合わなかったらしい。 「あらやだ」 無邪気な少女の声に突っ込みたい。一言で終わらせないでください。 「出た方がいいかしら?」 「止めてください。おとなしく守られててください」 「でも……」 「万が一でも億が一でも、巫子様がここでいなくなったら、誰が<剣鎮め>の儀式をするんです?」 大切な巫子を危険にはさらせない。 それでも先日の術者たちの不甲斐なさを実感しているだけ、リエンは不満そうだ。 「敵の構成を教えてください。それだけあれば、有利に進められますから。これでも私たちはプロなんです」 これで生きているのだ。それこそ、目先の失敗だけで決めつけられては困る。 強い調子で促して、ようやくリエンは求めに応じたのだった。 「巫子様のお守り、ご苦労ね」 レアノージュの読み通り、リエンのもたらした情報であっさりと襲撃は片付いた。 それでも多少の怪我人が出たり、装備が壊れたり。 日の高さを考えれば、ここで休憩をとっても余裕でシュトラウス入りができるとふんで、彼らは無理をしないことに決めた。 このタイミングで襲ってくることはないだろう。 そう考えて、レアノージュはリエンに一言断ると、相棒のもとへと急いでいた。 そんな途中で呼び止めたのは、どう考えても自分に好意的に接してくれた記憶のないヘレナだった。彼女ひとりきりだ。他の術者たちの姿は見えない。 あまり良い予感はしなかった。むしろ、面倒ごとの臭いが漂っている。 が、ここで無視してはさらに厄介な事態に転がりそうだ。 (それはやだなあ) まぎれもなくその一念だけで彼は足を止めた。 そのレアノージュにヘレナは肉食獣のように擦り寄った。唸るような低音でささやく。 「ちょっといいかしら」 「良いけど、簡単に済ませてくれるかな。ノインのところに行く途中なんだ」 単語に彼女はくちもとを歪めた。 「そのノインのことよ」 そして、顎で道から外れた木陰を示した。低く枝を伸ばした木の下は薄暗いが、茂みと呼べるような目隠しはない。他人が見ればちょっと遠慮するが、話は艶めいたものではないと推測する。そんな絶妙な場所だ。 ヘレナの横柄な態度は気に食わなかったが、彼らの関係からすれば歓迎できる正しい選択。 ため息をつきかけて押し殺し、レアノージュは無言で足を進めた。聞こうか。 木に背を預ける体勢で彼は話を待つ。手は背後の幹に。あらぬ疑いをかけられてはたまったものではない。 「徹底してるわね」 「万が一でも不名誉を受けたくはないんで。で、用件は?」 ノインの名前を出されなければ絶対に無視していた。先ほどの襲撃は軽いものだったが、それでも相棒に負担をかけたに違いない。短い休憩で、いちおう本人に会っておきたいのに。 「ノインのことって言ってたけど?」 「そ。それより、先に頼みたいことがあるのよね」 「頼み?」 「巫子様の警備から外れてよ。巫子様の警護を今までどおり、あたしたち術者に任せるようにって、巫子様に直接言いなさい」 それは頼みではなく、一方的な要求だった。内容は別にレアノージュとしても文句があるわけではない。むしろ歓迎だ。だが、その口調が気に障った。上から見下した調子が。 「そんなの自分で頼めばいいだろ。決めるのはリエン様だ」 「実力もないのに、厚かましいんじゃない?ぼろを出す前にと思って、親切に言ってあげてるのよ」 強く出た彼女にレアノージュは肩をすくめる。それとわかるように、はっきりと。ノインのことと言われたのに、これでは全然話が違う。 時間の無駄だと背を浮かせれば、待っていたようにヘレナが笑う。 「逃げるわけ?そうしたら、ノインが人間じゃないって言いふらすわよ」 レアノージュの姿勢が止まった。 彼の様子に、嫌な笑みを顔にはりつけた女が続ける。 「気を失う寸前に、あちらさんが言ってたのを聞いたのよ。『あっちには吸血鬼を向かわせたから、問題ないだろう』ってね」 馬車を襲撃した人間の言う『あっち』はレアノージュたちが居た場所だろう。そのとおり。確かに吸血鬼がいた。 「あんたは<恋人狩り>とやらの相手をしていた」 これも、そのとおりだ。 「なら、誰が吸血鬼を片付けたのかしらね?」 ノインだ。 答えようとして、留まる。 彼女が言わんとしていることが理解できた。 吸血鬼に普通の人間はかなわない。 なぜなら、吸血鬼は人間の何倍もの身体能力を持つからだ。人間がどれほど優れた技を持っていたとしても、彼らの持つ力と速さのまえには抵抗できない。強靭な肉体のまえに叩きのめされるだけだ。 ただ、吸血鬼は精霊の加護を持たない。だから、彼らを退けることができるとすれば、『人間』であれば術者か<恋人>なのだ。吸血鬼に殺される前に精霊を動かすことが出来れば勝てる。したがって、吸血鬼の天敵は<精霊の恋人>であるといえるだろう。 けれども、その吸血鬼を撃退したノインは術者でも<精霊の恋人>でもない。 では、他に『何』であれば吸血鬼に匹敵すると考えられているのか。 単純だ。 「まさか、法霊石の輸送隊に吸血鬼が混じってるなんてね!」 吸血鬼に匹敵するのは、吸血鬼に他ならない。 「よく見てみれば確かにそうよ。黒髪も黒い目も、奴らの特徴。精霊の加護もね」 黙りこんだレアノージュを見て、気を良くしたのか彼女は彼の胸元に指をつきつけた。 「それにあんたもよ」 「私?」 「そう。ああ、誤解しないでよね。まさか、その目をしてて、吸血鬼だなんて言いがかりはつけないわ」 見事なまでの緑の瞳は、これ以上ないほどの春季の精霊の加護の証だ。悔しいことに、これは本物。しかし、レアノージュにも嘘があることを術者たちは気がついたのだ。 「確かにあんたは<精霊の恋人>。でも、途中で祀殿を逃げ出した言語道断の落ちこぼれでしょう?」 二人が他の傭兵たちに話した内容に術者たちはすぐに思った。おかしい。 「家庭の事情ですって?大笑いよね」 <精霊の恋人>は生まれてすぐに祀殿に引き取られる。そして、一通りの教育を受けるまで。最低でも十五年間は。決して祀殿から外には出られない。 どんな事情があっても。 例外はない。 それこそ、今回のリエンのように「誘拐された」のなら違うだろう。が、もしそうであれば、周囲に助けを求めるのが当然だ。特に右も左もわからない子供であればあるほど、とりあえずは元の居場所に戻ろうとする。 レアノージュが祀殿を出たのが十年前。彼は七歳。 もちろん、『家』であるはずの祀殿に帰ろうとするだろう年齢。 しかし、彼はそうしなかった。 その答えは明白だ。 「ときどきいるのよねえ。祀殿の勉強についていけなくて、落ちこぼれて逃げ出す<精霊の恋人>が」 ヘレナの言うとおりだった。本当にときどきいるのだ。そういう人間が。 祀殿が<精霊の恋人>を教育するのは、特に彼らが精霊を暴走させたり極端な私利私欲のために使わないようにするためだから、祀殿も中途半端な教育を受けた逃亡者についてはひときわ厳しく目を光らせてはいる。 それでも年に一人か二人、現実に逃げ仰せているのが実情だった。 レアノージュは沈黙を守る。 本当を話すつもりは毛頭ないし、自分の考えを確信している人間に反論したところで無駄だろう。 そんな彼の態度に、ヘレナはふいに猫撫で声に。 「別に警戒することないわよ。吸血鬼に落ちこぼれ。何を企んでるのか知らないけど、わかっていれば対処のしようがあるもの」 精霊を扱えるという点、知識と実力では負けるはずがないという点。それらが彼女を尊大で寛大にしていた。 「……みんなに告げ口して、追い出そうとはしないわけだ」 「そんなことするまでもないわ。それに勘違いしないでくれる?追い出さないんじゃなくて、手元で監視するの」 なるほど。 そうして時期が来たら。例えば中央四季祀殿についたら。全員の前で吊るし上げようとでもいう算段なのだろう。 「そういうわけで、あたしたち術者としてはあんたたちは信用できない。当然、巫子様のお守りを任せるわけにはいかないわ」 「……わかったよ。何かと理由をつけて護衛を交代すれば良いんだろう」 リエンが術者を追い出したわけを知っているだけに、レアノージュはげんなりする。 この態度では術者たち、自分たちの尊敬の眼差し光線が巫子の気に障ったとは夢にも思ってはいまい。 「そうよ」 力なく頷いた彼の様子に満足したのか、ヘレナは一歩離れた。 「じゃ、相棒の吸血鬼のところでも何でも行ってくれば?ああ、でも」 意地悪く付け加える。 「逃げようなんて考えるんじゃないわよ」 落ちこぼれには無駄だから。 そう聞こえた気がした。 レアノージュは笑いそうになり、なんとか下を向いてこらえる。 顔をあげたときにはすでに彼女の姿は遠く。表情も見分けられなくなっていた。 「と、いうことがあったんだ」 だらりと横に伸びているノインの横でレアノージュは報告した。 先ほどの軽い襲撃で、レアノージュの心配どおりノインは体調を崩していた。 理由は簡単で、吸血鬼相手に戦った後だから、だ。 ノインが吸血鬼なのは間違いない。それも筋金入り。なにせ、今の吸血鬼の中で最長老である。実に五百年以上生きているのだ。 そんな吸血鬼な彼曰くだが、やはり人間以上の肉体を持っているとはいえ、元は人間なのだ。それを維持するにはそれなりのモノが必要になる。そのモノが欠けると、満足に動くことすらできなくなる。 傭兵たちとの夜の会話の吸血鬼の怪談話。あれも、ある意味では正しい。 もっとも、彼らが欲するのは人間の血ではなく、そこに含まれる鉄分だ。そして、現代の吸血鬼は吸血行為なんて面倒なことはしない。 「筋肉自慢の連中は気がついていないみたいだがな」 レアノージュの話に、ノインは寝転がったまま呟いた。 「それこそ精霊王効果だろ」 リエンの存在に完全に舞い上がってしまっている。このまま何事もなければ、蒸し返されることもなく記憶から薄れていってしまうだろう。 「別にあいつら、言いふらすつもりはないみたいだし、このまま放置しても大丈夫だろうとは思うんだけど……」 「そうだな。あえてここで姿をくらます必要もない」 少なくとも、中央四季祀殿に辿り着くまでの安全は保証していいだろう。 ついでに言うと、中央で正体を暴露されても、別にノインはまったく困らない。困るのはレアノージュだ。それこそ必死になって逃げなければならない。 「そうなる前に俺に構わず逃げろ。……見つかったら、連中、絶対にお前を手放さないぞ。監禁してでもな」 「そうだろうね。ノインがくっついてたってことが、たぶん、プレミアになる」 「人をステータスの証にするんじゃない」 「でも、そういうことだ」 たしなめられても、事実とはそういうものだ。 「うーん。なんでノインはこんな仕事受けちゃったかなー」 「巡り合わせを恨め。少なくとも巫子を拾ってきたのは俺じゃない」 仕事を拾ってきたのはノインだが、これだけだったならば祀殿の前でサヨウナラと手を振れたのに。 自業自得と天の配剤。どちらが正解だろう。誤っていないのは、どちらでもひどく厄介だ、ということ。 「逃げられないのかなあ」 「逃げるつもりなら全力で逃げ切れ。援護はしてやる」 「こんな半病人の援護じゃあ、たかが知れてるよ」 万全ならいざしらず、なかば寝台とお友達になっている今のノインでは、威力は期待できそうにない。 冗談めかした言葉に、のそりとノインは動いた。 身を起こして相棒の目をじっと見つめる。最高級の緑。ノインの知る中で、二番目の色彩。 「じゃあ、その病人を回復するために一役買ってくれ」 「えっと……それはどういう」 「わかっているだろう?」 至近距離の顔。心臓に悪いと思いながら、律儀にレアノージュは問う。実のところ、答えてもらうまでもなく彼は解を知っている。 もう間もなくシュトラウス。 そしてシュトラウスの次はとうとう最終目的地のガーデン。 そこまでに大きな街はない。大陸の中心は荒野の一軒家のごとくに存在する。周囲が不毛の土地というわけではないが、ただそうとしか言いようにない有様なのだ。 そんな場所に、吸血鬼と相容れない代表地にこんなへろへろの状態のノインをそのまま連れ込む?とんでもない! どうにかして通常レベルで動けるようにしていく必要がある。それはわかる。よく理解できる。 さらにノインとの付き合いが長いレアノージュは知っているのだ。 シュトラウスには、特効薬がある。 ただ、その特効薬がどこにあるのかというのが最大の問題であり。 「あそこ……行きたくないなあ」 レアノージュにとっては非常に敷居の高い場所であったりした。 |