> 月を抱けば Maria on the Moon |
STAGE 4.5 |
シャンデリアの光がきらきらと反射している。その下には、きらびやかに着飾った人々。特に女性は、自分こそが主役とばかりに宝石やレースをあしらった衣装をまとっていた。 「失礼、セレーネ=レファンシア」 若い張りのある声に彼女は振り返った。元来、セレーネとは月民の歌姫のことをさす言葉であったが、現在では優れた歌姫を示すのに使われることが多い。 彼女もそういった人物である。 「如月様」 たっぷりと余裕をもって彼女は応える。なにしろ、レファンシアはアジア連邦でも屈指の著名人であり、おいそれと声をかけていい人間ではない。特にこんな若い人間が。 しかし、いくらとるに足りない若造でも、このパーティの主催者である。それも、アジア連邦でも経済面で大きな影響力を持つ如月財閥の後継者である。 「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」 「いえ、こちらこそ当代一の歌姫にいらしていただけるとは光栄です」 にっこりとカナメは笑った。 「さあ、そろそろ出番でいらっしゃいます」 すいと差し出された手を彼女はとる。この席でレファンシアは一曲歌うことになっていた。 若い男に導かれて、舞台に進む。 やっと、この舞台に立てる。 感慨で彼女の胸はいっぱいだった。一般の舞台とは違い、このような個人のパーティでの芸の披露は歌姫の公の実力だけでなく、私的な魅力をも備えていることをアピールできるいい機会なのだ。これをきっかけにして、強力なスポンサーがつくことも多い。 如月財閥は他の企業と異なり、特定の個人のバックにつくことは滅多にない。この席も、二年ぶりに設けられたものだ。 二年。 思い出して、顔だけはにこやかさを保ちながら、彼女は苦さを噛み締める。 あのころ、既にレファンシアは誰もが認める一流の歌手だった。彼女に並ぶ評価を持つものなど誰もいなかった。だから、如月財閥で歌姫をひとりパーティに招待するという情報を得たとき、当然自分のところに声がかかると思っていたのだ。 それが蓋を開けてみればどうだったか。 まだ駆け出しの歌姫に、白羽の矢は立った。 あのときの悔しさと憎らしさといったら! けれども、もうあの娘もいない。……この世から、いないはずだ。 それに、今、ここに立っているのは他ならぬ自分。 自分ひとりに降り注ぐスポットライト。客の視線。 歌姫の声が会場へと響き渡った。 「どうだ?」 「だめですね、鍵として使えそうにありません」 そうか、とカナメは頷いた。 舞台裏のモニター室では、つい先ほどのセレーネ=レファンシアの声が再生されていた。 「リーチェがいればもっと詳しいこともわかるかと思いますが」 「……」 出された名前に、彼は不機嫌に鼻を鳴らした。 「捜索はさせている」 だが、彼女の性質上、大々的に探すわけにはいかない。<エデン>をこれだけ探しまわっていないとなれば、あとは<スラム>しかないが、あそこでの人探しは困難を極めるだろう。 画面の中の誇らしげな女性の顔を睨みつける。 「こいつが二年前にバカなことをしなければ……!」 やっと見つけた人物を、この女は殺したのだ。報告書には件の人物は<スラム>へ逃亡したとあるが、崖の上から落ちた上に<エデン>育ちの人間が生き延びられるとは考えられない。元は<スラム>で育った彼だからこそ、楽観的ではいられなかった。 「次の適格者をさがしますか?」 「ああ、そうしてくれ。ターゲットは学生を中心に。今、世に出ている歌姫は鍵として使えない」 春日文書を開けなければ。 認められない。 |
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