奏幻想滸伝
          大義迷分6


 誰もいない屋敷の中、テオはランプを灯した。
 閉門されてから、マクドール家に使用人はいない。生活するにも大変だろうとバルバロッサからは城に招かれたが、テオは断った。 城にいるにはウィンディの目を気にしなければならないという理由もあった。だが、そんなことがなくても彼の中には屋敷を捨てるという選択肢は存在しなかった。
 ただでさえも広い屋敷に独り。冬にもなろうというこの季節、足下からしんと寒さが伝わってくる。
 広い食卓のうえには一冊の本があった。マクドール家の書庫にあったもので、先祖代々伝わっているものだ。……赤月帝国が誕生する以前から。
 その横には、旋風の封印球が転がっていた。
 彼から連絡すると言っていたが、どうするというのだろうか。具体的な方法を全く聞いていなかったことをわずか悔やんで、テオは手を伸ばす。
 指先が封印球に触れる。
 と。
 ぼんやりと封印球が光った。瞳を射るような鮮烈なものではなく、月の光に似た淡い明滅だった。
 これが連絡か?
 とっさにテオは封印球をつかむと、それに向かって声をかけた。
「私だ」
 ざざっと雑音。その後、砂嵐に阻まれるような音。かすかにまぎれて少年の声。
『……ひとり?』
 まぎれもないルックの声だった。どのような方法でか、彼は封印球を通じて声を送ってきているのだ。
「ああ、私独りだ」
『ちょっと待って。なにがあっても落ち着いて、騒がないで。いいね?』
 幼い子供に言い聞かせるような口調。百戦錬磨の将軍に対してそれはないだろうと、苦笑しかけ。
 きぃんと耳鳴りがした。思わず耳を塞げば、周囲の風景が突如として闇に塗り替えられるのを目の当たりにする。
 なんだ?!
 異様な状態に叫びそうになり、忠告を思い出す。そのままじっとしていると、肌に優しい風を感じた。戦場を駆ける風だ。大量の血を吸った大地を駆け、清涼な空気を運んでくる。
 徐々に目が慣れてくると、そこが四角く切り取られた空間だとわかった。自分は屋敷から一歩も動いていないはずだ。目の前のテーブルはそのままの状態でもある。
 あの少年のことだ。紋章の力なのだろう。
 静かにたたずんでいると、件の少年の声が軽やかに降ってきた。
「乱暴な方法で申し訳ありません」
「ここは?」
「風の紋章を使って作り上げた空間です。あなたのところにあった旋風の封印球と僕の持っているこれを繋がせていただきました」
 言うと少年は軽く右手を上げた。淡い青に明滅する見たこともない紋章が存在を主張していた。
「……ウィンディには?」
「絶対に介入できません」
「よほどの自信がありそうですが、根拠は?」
「僕が、真の紋章を……真の<風>の紋章を持っているから。彼女は風の支配するこの空間に干渉することはできません。いくら真の<門>の紋章の継承者であろうとも」
 この発言を聞いて、テオは沈黙した。何かを悩んでいる風であったが、しばらくして切り出す。
「失礼。あなたは何を持っていると?」
 こんな年端もいかない少年がこの世の神を持っているのが信じられないのだろうか。
 だが、それとはちょっと反応が違う気がする。
「真の<風>の紋章」
「あなたの持っていらっしゃるのは、<円>の紋章ではないのですか?」
 テオの発言に、ルックの思考回路が止まった。
 真っ白になった彼の背後から、聞き慣れた少年の笑い声が聞こえた。固まった少年の影からテッドが顔を出す。
 彼は涙を流して笑っていた。爆笑だった。
「テ、テオ様。どこをどうしたら、そういう間違いができるんです?ルックが持っているのは正真正銘で真なる<風>ですよ」
 テッドの言葉で、ルックの硬直が解ける。
「どこをどう間違ったらそういう間違いができるんだ……」
「だよな。第一、<円>の紋章を持っているのはハルモニアの神官長……」
「……あなたは、ヒクサク神官長では、ない?」
 しかし、とテオはテーブルの上の本を引き寄せた。ロッカクから帰還して、何度も確認した頁を開く。
「ここに載っている絵姿はあなただ」
 男が指差したところには古い絵が描かれていた。色あせながらも精密なペン画。
 ハルモニア神聖国、神官長。ヒクサク。
 そう説明されている青年の姿は、確かにルックと瓜二つだった。もっとも、ルックの方が若い。
 それを目にして、少年たちの顔色が変わった。テッドは好奇心に、ルックは警戒に。
「それはどこにあった?」
「マクドール家の書庫だ。グレッグミンスター城にあったわけではない」
「あったら困る。ヒクサク様の記述に関しては、こっちの用事が終わるまで認識されないように城中の本に魔法をかけたんだから」
「おまえ、よく図書館に行ってると思ったらそんなことしてたのか?」
「あんたに会う前の話だよ。まさか、将軍家に、よりにもよって絵姿なんかが残ってるなんて。……将軍の不自然な丁寧語はこれが原因か」
 ため息とともに弁解して、ルックはテオを見上げた。
「わかってくれた?」
「大筋は。まだ、質問はしてもいいか?」
 少年の緑の瞳を見返しながら、テオは問う。
「これほど似ている人間が、神官長と無関係であるとは考えがたい。しかも真の紋章を持つという。あなたは、ヒクサクと縁のものか?」
「それを聞いてどうする」
「……どうにも。ただ、今回の件にハルモニアが関与しているのか気になっただけだ」
 警戒をあらわにしながら、ルックはテッドの腕をひいた。どこか乱暴な仕草に、テッドは彼の緊張の度合いを知った。
 テオの疑問はもっともだと思う。
 テッドはヒクサクを見たことなど全くなかったが、もし知っていたならば、ルックに対してはきっともっと違う態度を取っただろう。
 ヒクサクと同じ顔をしているルック。ルックと同じ顔をしているササライ。彼らにどんな関係があるかはわからないけれど、彼の態度を見ればわかる。 許可なく踏み込んではいけない領域なのだと。
 テオに行かせてはいけない。
 それに、この場は自分のためにある。ルックが危険な橋をわたって用意してくれた、彼の真実を伝える場所。
「テオ様。時間がない。おれの話を聞いてください」
 かちりと視線を合わせながら、テッドはゆっくりと口を開いた。
「先日、ウィンディと一緒にいたときには真実を話すことができませんでした」
 宣言。テッドは右手を、刻まれた紋章がはっきりと見えるように掲げた。
「ブラックルーン。ウィンディの持つ呪いの紋章です。これを宿されたものは、一種の操り人形になります。 今のおれは、ルックが呪いを中和してくれているために普段の生活は自分の意志で送ることができます。けれど」
 息を吐く。
「彼女が強く願えば、おれは彼女に逆らえません。この間のように、彼女の都合のいいように動かされてしまう」
「テッド。私が知りたいのは、どこまでが嘘で、どこからが本当かということだ」
 頷いて、テッドは続けた。時間を無駄にはできない。
「おれが真の紋章を、<ソウルイーター>を持っていたのは本当です。ウィンディは、おれの紋章を300年間ずっと狙っていた。 おれはあの日、あの女に紋章を渡さないために、……リンに紋章を継承しました」
 テオは黙っている。テッドはうつむいた。テオは博学だ。真の紋章の持つ呪いを知っているはずだ。 悪名高き<ソウルイーター>についても知っているだろう。先日の会見のあとで、きっと彼は調べただろうから。
 だから、まともに顔を見ることができなかった。
「紋章を継承し、おれは自分が囮になることで、あいつを帝都の外に逃がしました。そのままどこか遠くに逃げてくれても良かった。なのに、あいつ……」
 あの親友が。ただひとりの自分を助けるために解放軍に入ったのではないと理解はできる。外の世界で、彼は新しい景色を知った。 真綿でくるまれたグレッグミンスターでは見ることのできなかった、荒れた大地を知った。彼を変える人間、彼を導く人間と出会い、だからこそ解放軍の指導者の座を受け取ったのだ。
 しかし、それだけではなくて。きっと。リンのこころには、テッドを助けようという意志もあるのだ。
 リンは、将軍家嫡男という立場上、警戒心が強い。地位を目当てに近づいてくるものはもちろん、政治的な条件から命を狙われることも少なくない。 だから滅多に親しい人間を作らない。反面、一度でもこころを許すと徹底的に守ろうとする。
 大切な人間を失わないために。
 その性格を考えると、リンがテッドを取り返そうとしているのは至極自然なことなのだ。 ルックの報告では、すでに<ソウルイーター>はオデッサ=シルバーバーグとグレミオを喰らっている。
 オデッサについてはどれほどかわからないが、グレミオは家族の一員だ。そのショックは幾ばくかのことだろう。
 次に誰も失うまいとして、リンが必死になる様は想像に容易かった。
「ウィンディは、リンの持つ<ソウルイーター>を狙っています。ブラックルーンを宿して、クワンダ=ロスマンとミルイヒ=オッペンハイマーも利用しました。 けれども失敗した。だから、おれに嘘八百を並べさせて、リンとテオ様が戦うように仕向けたんです」
「どっちが勝ってもウィンディは損をしない。あんたが勝てば<ソウルイーター>が手に入る。リン=マクドールが勝てば、紋章は将軍の魂を喰らって、強力になる」
 ルックも付け足した。
「幸いというべきか、ウィンディはブラックルーンをあんたに宿すつもりはないらしい。……どうする?」
「どうする、とは?」
「そのまんまだよ。僕はあんたが戦場でリン=マクドールと手を結んでも、止めようがないからね」
 なんといっても情報部員だ。弓矢飛び交う戦場で単身偵察する危険は侵せない。せいぜいが離れた場所から見ているだけで、結果をウィンディに報告するだけだ。
 つまり、ルックは実質手を出さないというわけである。
「だが、おまえはウィンディの配下だろう。そんなことをしてもいいのか?」
「僕に命令できるのは、僕自身を除いてはヒクサク様だけ。あの方の意向はウィンディから<門>を回収することだ。 <ソウルイーター>に興味はないし、正直、赤月帝国がどうなろうと知ったことじゃない」
 遥か昔、赤月帝国の母体となったハルモニアが面と向かっていう台詞ではなかった。ただし、この短い台詞からテオはルックの背景を確実につかむことができた。 テオの信用を得ようとしたルックの狙いだろうことは確かだ。
「あの魔女を殺せば、帝国は正される?」
「そうじゃないですか?皇帝もブラックルーンの支配下にあるわけだし」
「つまり、昔の陛下に戻ってくださる?」
 継承戦争を勝ち抜き、黄金皇帝の名を冠された輝かしい時代に。
 そうじゃないのか。
 言いかけたテッドの台詞をルックが遮った。
「それはないんじゃない?今だって、バルバロッサは正気だよ」
「ルック、それはどういう……。だって、バルバロッサもブラックルーンの被害者だろう!」
 テッドが顔を上げて、すごい勢いでルックに迫った。わずかに目を開いて驚きを表しながら、ルックが首を傾げる。
「確かにバルバロッサはブラックルーンを宿してるけど……至って正気だよ。ウィンディの精神操作も受け付けないし」
「だから、どうして?!」
 疑問をぶつけながらも、テッドは先日会話を交わした男を思い出す。ウィンディの実験室で会った皇帝。たしかに、その瞳には知性があった。狂気は見当たらなかった。
 操られているとは思えなかった。
「皇帝は、<覇王>の紋章の継承者だ」
 淡々とルックは説明する。
<覇王>。真の紋章のひとつだ。テッドも名前くらいは知っている。それがバルバロッサの持つ竜王剣に宿っていることも。
「<覇王>は、王者の持つ紋章。誰にも支配されない、不可侵の力。だから」
「ブラックルーンによる支配も受け付けない……か?」
「そういうこと」
 テオの言葉をルックは肯定した。
 そのかわり、あの紋章には呪いもある。支配されないが故に、愛情を手に入れることができない。手に入れてしまったら、その相手に多少なりとも影響されてしまうから。 存在を制限されてしまうから。
「つまりバルバロッサ様の今の状態は、あの方ご自身の意志であると?」
「そう考えるしかないだろうね」
 テオの確認に、あっさりとルックは首を縦に振った。
「僕には皇帝が何を望んでいるかはわからない。でも、彼がウィンディの操り人形になっているわけではないのは確実だよ」
 きっぱりとした言葉にテオは黙った。地面を見つめ、天を仰いだ。
 彼が考えていることはわからないが、迷っているわけではないようだった。
 きっぱりと少年たちを見つめながら、言う。
「ならば、私はバルバロッサ様のお側にいよう」
「!!」
 少年たちの瞠目には構わず。
「バルバロッサ様がウィンディに操られているのならば、それを助けるのが臣下の務め。しかし、それがバルバロッサ様自身のご意志であるならば、従うのが道理というものだ」
「テオ様」
 一歩、テッドが前へ進んだ。
「いや、テオ将軍。それは本気で言っているのか?」
 声の深さにルックはどきりとした。こんなふうな感情をあらわにしたテッドを見たことがなかった。
「本気だ。私は陛下に仕える身だ。陛下が陛下である限り、私の義務は変わらない」
「リンを……息子を犠牲にしてもか」
「そうだ」
 即座に返事が返った。そのまま、ふたりはしばらく睨み合っていた。  先に視線を外したのはテッドだった。
 口元を緩ませる。
「たしかに、あなたはそういう人だ。……あなたたちが納得して行うんなら、おれはそれでいい」
「テッド!」
 あっさりと退いたテッドに、部外者であるはずだったルックが声をあげた。
「いいの?あんた、止めさせたいんじゃなかったの?」
「おれはそんなことは言ってないぜ。ただ、きちんと話をして、現在の状況を知ってほしかった。わかったうえで行動してほしかっただけだ。 親子の情よりも自分の信念を貫くっていうのは、将軍の決定だ。おれが口を挟める問題じゃない」
 きっぱりとテッドは断じた。
 ルックは思い返す。たしかにテッドはテオと話したいと、きちんと説明したいとは語っていた。 しかし、親子が剣を交えるのを止めたいとは一度も言葉にしていない。ただルックが、彼がそう考えているだろうと思い込んでいただけだ。
 納得しようとして顔をしかめたルックの肩に手が置かれた。驚いて見上げれば、テオが微笑んでいた。
「礼を言う。これで迷わなくてすむ」
「……あんたは最初から迷っていないじゃないか」
 皇帝が操られていないと聞いて、すぐに決意した。ためらう素振りすらなかった。
「あんたは息子をどう思っている?」
「自慢の息子だ、リンは」
「矛盾しないの?」
「しない」
 子供を愛しく思う気持ちと、信念を貫こうという気持ち。母親ならば違ったかもしれないが、テオにとって信念を曲げて息子を生かすことは、自分を殺すことにも等しい。 リンも、そうまでして自分を生かした父親を認めることなどできないだろう。年の大半を遠征で過ごし、屋敷にいるのはわずかだった。それでも、親子だから理解できる部分。
 こころを偽っての妥協では意味がない。たとえ、それが親子の情から生じるものであっても。
 テオのてのひらの下の頭がこくりと動いた。
「……頑固だね」
 小さく評される。
 そうだ、と頷く。
「親子そろって、あきれるほど頑固だ」
 自分の道を行くためには、退くことはできない。自分を傷つけないように遠回りすることだって、本当はできるはずなのだ。 けれども、自分の目的のための最短距離を選ぶ。どれほど血を流そうと構わないとでもいうように。
 さっとルックがテオの腕を払った。
「テッド、行こう。そろそろ怪しまれる」
「そうだな。じゃあ、テオ様」
 テッドは軽く手をあげた。
「おれはいちおう300年も生きてますし、リンのこともテオ様のこともよく知ってます」
 あれこれ口出しをするつもりなど、毛頭ない。
 いまさら止まれるような人間たちでないのは、わかりきっている。
「だから、死なないでほしい」
「……」
 真摯な願いをテッドは告げる。
「<ソウルイーター>は宿主に近しい命を好む。好んで喰らいます。もし、リンとあなたが対峙したときにあなたが死んだならば、必ず喰う。断言できる。 そして、それはリンを誤解させて、壊してしまう可能性がある」
 長く宿していれば、真の紋章と親しい人間の死に因果関係はほとんどないことに気がつく。先に死があって、それから<ソウルイーター>の呪いが存在すると理解できるようになる。 テッドもそうだった。
 だが、最初はそうはいかない。すべての人間の死が、紋章によって引き起こされている錯覚に陥る。紋章を宿した自分が、殺しているのではないかと見えてしまうのだ。
「もし死ぬのならば、バルバロッサのためではなく、ご自分のために死んでください」
 皇帝に殉じるのではなく、信念に。
 その言葉が最後だった。
 急激に視界が切り替わる。
 テオは何度か瞬きをした。首を小さく左右に振って、テーブルの上を見る。旋風の封印球が転がっており、その隣には一冊の本が広げられていた。
 ろうそくはほとんど短くなっていない。随分と時間は長く感じられたが、実はそれほどでもなかったようだ。
 思い出して、テオは小さく呟いた。
「私は、私の思うとおりに生きる」
 聞きたいことを聞くことができたから。
 知りたいことを知ることができたから。
 バルバロッサを疑うことなく。
 自分に迷うことなく。
 そう生きられることができる。
 絵姿をもう一度眺め、テオは本を閉じた。そのまま廊下に出て、ひとつの部屋の扉を開けた。
 ぐるりと見渡して、部屋の惨状に眉をしかめる。昼間に見るよりも、物が崩れ、破壊された部屋の印象はいっそう酷いものに感じられた。
 テッドが使っていた部屋だった。
 無遠慮にそこに踏み込むと、テオは壁にかかった絵の裏から鍵を取り出した。机の引き出しの鍵だ。テッドがいつもそこに鍵を隠しておいたのを、テオはもちろん、リンも知っていた。
 鍵を使って引き出しを開けると、一冊のノートがあった。テッドの日記だろう。中身を改めることはせずに、テオは持っていた本を日記の上に置いて、引き出しに鍵をかける。
 再び、元の場所に鍵を返す。
 いつか息子はこの部屋に戻ってくるだろう。
 そのときに、幾ばくかの真実を知ることができればいい。


「ありがとうな」
 布団を引っ張り上げながらのテッドの言葉に、ルックは顔をしかめた。
「別に礼を言われるようなことじゃないよ。あとあと、あんたの愚痴につきあわされたくなかっただけ」
 別のベッドで布団を被りながら、小さな反論が聞こえた。
「素直じゃないなあ」
「これ以上なく素直だよ」
「まあ、そういうことにしてもいいや」
 あっさりと締めて、テッドは天井を見上げた。
 肩の荷がひとつ、ほんのひとつだけ下りた気がした。自己満足な義務を果たすことができた。
 残すは最大の仕事だけ。
 ちらりと隣に視線をやると、毛布にくるまった人物は動かない。無理をさせたから、疲れているのだろう。
 しばらく静かにしていると、やがて小さな寝息が聞こえてきた。
(ごめんな)
 こころでそっと謝る。
 いつか遠くない未来に、彼さえも自分は裏切るのだ。自分の思うとおりに生きるために。
 そのときが来たら、この意地っ張りな少年はどうするのだろうか。



 それぞれにとって、長い執行猶予の冬が来る。


<2005.5.28>


          逆奏目次