出会接触3 |
発った時と同じ家畜小屋の前に降ろされた一行だったが、グレミオとテッドはそこから歩いて門のところでリンたちを待つことにした。 グレミオはリンの付き人であるが、近衛隊に所属しているわけでもなければ、帝国軍人でもない。テッドに至っては身寄りのない戦災孤児だ。 宮廷に足を踏み入れることのできる身分ではないのだ。 リンの上司であるクレイズのことだ。彼らを連れていれば、ここぞとばかりに騒ぎ立てるだろう。 面倒を進んで引き起こすのはごめんだということで、テオの部下という身分のしっかりとしてるクレオとパーンの二人だけがリンに伴って城のなかに消えていった。 門までの鋪装された道を歩きながらも、グレミオはまだ心配なようだった。何度も何度も後ろを振り返っている。 「グレミオさん。ここはグレッグミンスターのお城なんだよ。リンに危険があるわけないじゃないか」 「ええ、そうなんですけれど、最近はどこも物騒ですし……」 「宮廷が物騒なんじゃ、世の中が終わってしまいますよ」 まったくもって正論なのだが、グレミオの耳には入っていない。 その様子に微笑ましさを感じながら、テッドは前方からこちらに向かってくる複数の気配に気がついた。 遠目からだとよくわからないが、どうやら軍人のようだ。帰城の最中だろうか。 ならば、まだ任務中ともいえるわけだが、緊張感の欠片もない。辛辣に評価すれば、乱れている。 声を大にして喚いているのを注意深く聞き取れば、彼らは城下で犯罪者の検挙を行っていたようだ。 後ろに何人も、縄をかけた『罪人』を引き連れている。まるで、見世物のように。 日に日にグレッグミンスターの治安は悪くなっている。皇帝は政治に興味を失い、寵愛する宮廷魔術師のウィンディの言いなりだという。 それでも、現在はまだいい。帝国五将軍が皇帝不在の穴を必死になって埋めているのだから。 一方で、埋めきれない穴の象徴が目の前にある。 グレミオの服の裾をそっと引いて、ふたりは軍人たちに道を空けた。彼らはいつも血気逸っていて、何かと理由を付けては暴力をふるいたがる。 ここで揉め事を起こせば、初任務を成功させたリンに迷惑がかかってしまう。 目の前をふんぞり返った調子で、軍人たちが通り過ぎた。所属はばらばらで、歩兵も紋章兵もいる。 「あんなに小さな子供まで」 グレミオが傍らで呟く。 縄で繋がれた半数以上が少年少女だった。一斉検挙、といえば聞こえはいいが、実際に捕まるのは下っ端だけだ。 表舞台に出ない大物は滅多なことでは尻尾を表さない。 大本を叩かなければいつまでも犯罪が減ることはなく、治安が回復することもない。 「この国はどうなるんだろうな」 自分が何人の『悪者』を捕らえたか声高に自慢しあう声を聞きながら、テッドはぽつりと漏らす。 それが聞こえたのか、あるいは偶然か。 列の最後尾を、正確には最後尾から二番目を歩いていた少年と目が合った。 その顔にテッドの視線が釘付けとなる。 少年はそんなテッドを気にすることなく、すたすたと歩いていった。 その手には縄があり、それは彼の後ろをギラギラした視線で歩いている男の両手首をしっかりと戒めていた。 なかば呆然としながら、彼は少年が後ろ姿になり、視界から消えるまで硬直していた。 急に動きを凍りつかせたテッドをさすがに心配したのだろう。 「テッド君?」 「グレミオさん、今の……」 「ひどいですよねえ。なにもあんな子供まで捕まえなくてもいいでしょうに。一斉検挙といっても、どれほど効果があるんでしょうかねえ」 延々と語りはじめるグレミオに、テッドはがっかりした。この男は、リンのこと以外は、なかなか鈍い。 おそらく気がつかなかったのだろう。 目の前を、先ほど魔術師の島で別れてきた少年とそっくり同じ顔をした人間が通り過ぎていったことに。 傍らにいたパーンとクレオが密かに怒りのボルテージを上げていたが、リンはそれほど上司の態度に心を害してはいなかった。 なにを言われようと、それが正当性を欠く以上はこちらが不利になるわけではないのだ。口だけの男ならば、こちらが噛みつかなければ安全である。 『星見の結果』を渡し、次の任務を言いつかる。 内容はロックランドの納税の督促だ。近衛隊員が本来行うべき仕事ではないが、我慢はできる。新米の自分に選択の余地はない。 指令よりも、カナンというなんとも役に立たなさそうな男がついてくるのが憂鬱だった。小太りで、いかにも戦闘には役に立たなさそうだ。 クレイズに媚を売っているのがあからさまで、頭が回るとも考えられない。 はっきり言って邪魔だ。 点数を稼ぎたいためか、今すぐにでも出発しようとするカナンをなんとか説き伏せ、出発は明日の朝にした。 ロックランドはグレッグミンスターの隣町だが、いくらなんでも今から出発しては辿り着くのは夜中になってしまう。 任務とはいえ、そのような時間に人を訪問するのは非礼である。 ならば早朝に出発し、昼過ぎに尋ねた方が先方も余裕を持って相手をしてくれるだろう。 なにより、結果を報告できるのは急いでも明日以降になるのだ。 結果が変わらない、ことを強調して、やっとあの頭の悪い男にも理解できたらしい。なんとも今から気が重い。 似合わぬ溜息をついていると、前方から複数の気配がした。一日の仕事が終わって帰ってきた兵士たちだろう。 大声でなにか数字を挙げては、誰に勝ったの負けたのと。 「一斉検挙だったようですよ」 知らず眉を寄せていたのだろう、クレオがそっと囁いた。 「一斉検挙、ね。どれだけ効果があることやら」 犯罪者を取り締まっても、根本的な解決にはならない。ジョウストン都市同盟との戦争のために、父は北へと向かった。 土地を焼けだされた難民も増えることだろう。比例して犯罪も増えるはずだ。 「焼け石に水、ですか」 「いや、違うだろう。この場合」 検挙という名目。並べられる犯罪者。「これだけ努力しましたよ」というデモンストレーション。パフォーマンスを晒すことで、民衆の目を閉じさせる。 表面的には沈静化するだろう。あくまでも一時的に。 もっとも、視線の先にいる兵士たちは、与えられた任務をこなしているだけだ。そのことに気がついていたとしても、一般兵には拒否権は与えられていない。 それに、もし自分がマクドール家嫡男という身分でなければ、今日行く場所は魔術師の島ではなくグレッグミンスターの薄汚れた下町だっただろう。 誇らしげに数字を叫ぶ男たち。彼らには意味のあるものだろうが、この国にとっては意味のないことだとリンは思う。 なんとなく視線を滑らせて、ふと目が引っかかった。 行き過ぎて、もう一度そこを探す。 小柄な少年だった。鍛えた兵士のなかにあっては、華奢としか表現しようがない。服装から魔法兵団の者だと知れた。 「どうしました?」 聡い女戦士が尋ねてくる。 「いや」 おそらく見間違いだろう。視力には自信はあるが、これだけ離れているし今日は疲れてもいる。 細いからだと、魔術師然とした雰囲気、なによりもちらりと見えただけの目鼻立ちや色彩。 共通する幾つかが、昼間に会った印象深い人物の記憶とだぶらせただけだ。 少年は、兵士たちと付かず離れずで移動し、一室へと消えていった。たしかあそこは魔法兵団の本部がある。 だから、やはり錯覚だ。 呟き、自分を納得させる。 ここに、レックナートの弟子がいるわけがないのだから。 これが、ひとつの接触。 <2004.11.7>
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