それは本当に偶然が重なったためにできてしまったこと。


 その日の午後は珍しくもほとんどの正規兵に参加が義務づけられていた合同演習だった。 一般兵はほぼ出払っており、城に残っているのは非戦闘員である女性や子供たち、そして特殊技能を武器に戦うものばかりだった。
 そんな状態でふたりが出会ったのはお互いの立場を考慮してみれば偶然ではなかったのかもしれない。
 しかし、これだけは偶然だと言い切れるだろう。


 誰がムササビを肩に乗せて疾走する少女の姿を目撃することを事前に予測できるだろうか。


    彼の不在 彼女の不在  


 まったく、どこに行ってしまったのだろう。
 今日何度目になるかわからない溜息をつきながらフッチは階段を降りていた。
(屋上からしらみつぶしに探してるのに。いったいどこに隠れてるんだろう……)
 彼の求める獲物の名前はブライト。 真っ白な体色は目立つはずだが、いくら竜であってもサイズがサイズなので、一度どこかに行ってしまうと見つけだすのに苦労する。
 それでも普段であればこうやってきょろきょろしているだけで何人かが情報を提供してくれるのだが、今日はあいにくと日が悪かった。 合同訓練のせいで、城の中枢部分に人がほとんどいないのだ。
 フッチはブライトを必要以上に連れまわすことをしていない。 竜というものが『外』の人間にとってどれほど興味のある対象であるかということを知っているからだ。 一般人の多くいる居住区には連れ出したことはない。 いざという時に捕まえられないと困るから、屋上へだって滅多に行かせない。
 それを考慮に入れると絶対に城の中から出ていないはずなのだ。
 あとひとつ階を降りれば一階のバルコニー部分に出てしまう。 あのだだっ広い、しかも雑多な一階を探さなければならないのか。
 いささか暗い気分になりかけたその背中を、誰かがばしんと叩いた。
「なーにくらーい雰囲気出してんだよ」
「サスケ!」
 思わず階段を踏み外しそうになった抗議の叫びをあげるが、あいにく友人には通じなかったようだ。
「せっかく口うるさい連中がこぞっていないんだから、どこか出かけようぜ」
「……サスケ、君、修練は?」
 忍びであるサスケとその保護者であるモンドは、おそらく今日の合同訓練は免除されているはずだった。 だとするといつもどおりこの時間は道場で稽古をつけていなければならない。
「まさか、またサボリ?」
「違うって。モンドが正軍師に頼まれてミューズまで偵察に出かけてるんだよ。んで、今日は休み。俺は自由な午後を満喫するぜ!」
 満面の笑みを浮かべつつ言い切って、フッチの肩に手をかける。
「で、とりあえずクスクスかサウスウィンドゥまで行こうぜ。どうせだったら何か旨いモン食いたいよなー」
「悪いけどそれどころじゃないんだよ。ブライト見かけなかった?昼過ぎから探してるんだ」
「見たぜ?」
 あっさりと返事をされて、フッチは思わず詰め寄った。
「どこで?」
「石版のうえに変な像があるだろ?あそこにへばりついてたぜ?って、おい」
 聞くや否や一直線に走り出そうとしたフッチの腕を強引に掴む。崩れる重心。そしてここは階段の途中。
 当然の結果として、ふたりはもつれるようにして重力に身を任せる。



 うわあああああっ
どさっ
きゃあっ



 きゃあ?


   押しつぶされた状態と押しつぶした状態にもかかわらず、あまりに場違いな悲鳴に少年たちはきょとんとした。
 目の前を、てててと青いマントが横切っていく。そのたどり着いた先は金の髪。
 ぽふぽふ。ちいさな手が少女の金の頭を叩く。
 がばりと勢いよく持ち上がった顔は知らないものではなかった。
「ニナさんっ、無事ですかっ?」
 サスケの体重に耐えながらフッチが声をかける。どうやら階段を落ちた先に運悪く彼女が通りかかったらしい。
「うん。私は平気だけど。……サスケくん、はやく退いてあげたほうがいいんじゃない?」
 スカートのプリーツを直しながらもっともなことを指摘する。言われて初めて気がついたのか、サスケは謝りながら飛び上がった。
「わ、悪い!」
「遅いよサスケ……」
 ぶつぶつ文句を言いながらフッチは立ち上がる。関節を捻って、どこにも異常のないことを確かめる。
 うん、大丈夫そうだ。
 身体を確認すると、改めて先ほど視界に飛び込んできた『モノ』が気になった。
「あの、それ、なんですか?」
 指差した先には。
「なにってムササビじゃねえの?」
「そのくらいわかるよ。僕が言いたいのは……」
「あっ、ケーキ焦げちゃう!マクマクおいで!」
 完全無視。
 慌てた仕草でムササビを肩に乗せると、少女は脱兎の如く駆け出していく。
 呆然とその後ろ姿を見送りつつ台詞を繋げる。
「どうして青いハチマキしてるかってことなんだけど……」
 呟くフッチにサスケはそっけない。
「女の考えることなんかわかるかよ、フリックさん絡みだとは思うけどさぁ。それよりも旨いものは〜?」
 一刀両断して当初の目的に戻る。フッチも最初の目的を思い出した。そうだ、ブライト!
 急いで立ち上がると目撃証言のあった守護神像に駆け寄る。
 だが、そこに求める白い竜の姿はなく。
「ブライト〜」
 希望を打ち砕かれて、疲れたように守護神像にすがりつくフッチの肩越しにサスケが覗き込んできた。
 視線を素早く巡らせたあとに、落ち込んでいる友人の背中をばんばん叩いた。
「なに座り込んでるんだよ。いるじゃん、あそこに」
「え?」
 指差された先を辿っていくと。
 終着点は石版の上。
 白い固まりが乗っている。
 ときどき聞こえてくるのはもしかして寝息か。
 必死になって探している間にちいさな相棒は惰眠をむさぼっていたということか。
 気が抜けたが安心もした。
 と。
 背後からサスケの爆笑が聞こえてきた。
「何笑ってるの、サスケ」
「いや、だって、あれ見ろよ」
 まだ守護神像の所にいるサスケの指先を再び辿る。
 そこに。
 ムササビ。
 緑のマントのムササビ。
 さっきはブライトにばっかり視線がいってしまい全く気がつかなかったが。
 やけに姿勢良くブライトの横で立っている。
 その姿は現在合同演習で定位置を離れている人物を思い起こさせた。
「うわー。ありえねえ光景」
 バルコニーからサスケが飛び下りて、石版前に移動する。フッチも階段を下りると隣に並んだ。
「あいつがいたら速攻で吹き飛ばしてるよな」
 たしかに。さすがに動物相手に切り裂きの仕打ちはないだろうが。
「ブライト!おいで」
 強い調子で呼びかけるとぴくぴくと耳が動く。 きゅいきゅいと寝ぼけた声を上げながら首をゆっくりと持ち上げた。主の姿を認めてもぞもぞと動く。
 ほらと手を差し伸ばせば、のんびりとした動作で翼を広げ転がり落ちるように滑空して腕のなかに収まる。
 隣で頑張っているムササビはそんな竜の様子をちらりと一瞥しただけで、また正面を向く。
 その様子がまた。
 傍らのサスケも同じことを考えたのだろう、吹き出しそうになっている。
 その顔がふいに歪んだと思うと、にやりとしか表現しようがない代物に変わる。
 何か企んでいる。
 おそらく聞かないほうが賢明なのだろう。
 だろうが。
「なあ、フッチ。どっかに針金かなんかあるとこ知らねえ?」
 先ほどのニナと青マントムササビから連想して。
 何を考えているかわかった途端、そんな気分は吹き飛んでしまった。




 最後の細工をして、ふたりは城門から転がるように走り出した。
「さーて、それじゃまずクスクスからな」
 上機嫌でサスケが言う。
「そのあとでサウスウィンドゥまで回る?」
「お、いつになく積極的だな、フッチ」
「そりゃあね」
 最初にあれを目にしたときのルックの反応を見られないのは残念だが、命は大切にするものである。 日頃の協力攻撃のお返しだとはいう大義名分は一生理解してもらえることはないだろう。
「よーし、諸国漫遊食い倒れ〜!」
「諸国じゃないよ、サスケ」


 取り残された約束の石版。
 そのうえにすっくと立つ緑のメクメク。
 額にはサークレットを真似たとおぼしき針金が巻き付いている。地面と垂直に小枝をしっかりと握って。
 本物の主が戻るまでムササビはそこに立ち続け。
 広間には密やかな笑いが絶えなかったという。







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