聖誕祭3 |
贈り物を選ぶ楽しみなんて、久しぶりのことで。 親友にするのとは違う、らしくない基準に苦笑したりした。 ――いつか消え去る自分ではなく、いつか思い出してほしい自分を残そう、だなんて。 この冬の白と、陽光を弾く金と、親友を思い出さずにはいられない深い紅と。 それから、これにまつわる親友の言葉。 「すげー」 第一声はそれだった。 マクドール家の聖誕祭の晩餐に対してではない。 自慢ではないが、リンと出会ってから毎年、テッドは聖誕祭はここで過ごしていた。あの頃の方が人数も多く、料理も立派だった。今年は当主が席に着いているとはいえ、マクドール家自体が良くない立場に置かれている。自然と料理は家庭的なものとなった。 そして今は食後である。 香りとともにまず運ばれてきたのはコーヒー。 テッドが感嘆を漏らしたのは、続けて登場したケーキだった。 プロの料理人が作ったといわれれば信じてしまいそうな出来映え。それがなんと目の前の少年の手作りなのである。育った環境を考えれば、料理なんてまともにすることがないだろうルックの。 「今回は小さくて済んだから、ちょっと凝ってみた」 デコレーションとか。 淡々とした姿勢に期待が高まる。彼は小さいと話したが、切り分ければ屋敷に残っている使用人たちにも行き渡る。きっと毎年、大量のロウソクを載せるためだけにさぞ巨大なケーキを作らされていたのだろう。 さっそくフォークを刺してみれば、ややどっしりとした重い手応え。チョコレートクリームの控えめな甘さがルックらしい。口に入れれば、アラザンがカリリとアクセントだ。 迷うことなく二口目にいこうとして、テッドは正面から注がれる視線が逸らされる気配のないことに気がついた。 顔をあげれば、緑の目と見つめ合える。まったく珍しいことに。 いつもだったら怒鳴られるなり照れられるなりで、じいっと顔を観賞できる時間などない。 どうしたんだ? しばらくケーキを味わいつつ考えを巡らせ、テッドはようやく思い至る。 (――なんか、わかっちまったぞ) これは、どう?というか。 褒めて。 (だよなあ) このルックがそんな態度を出すなんて予想外も甚だしかったが、ひと呼吸おいてみれば当たり前だとも感じる。いくら神殿で育てられたとはいえ、十をいくつか過ぎただけの子供なのだ。 しかし、とテッドは立ち止まる。 相手はやっぱり『このルック』なのである。直球で対応したところで、結果は芳しくはないだろう。 (どうすっかなあ) テオから譲られたものをお礼と称して渡すよいチャンスだと思う。 ルックは喜ぶだろう。けれども、それだとテッドが面白くないのだ。 もっとなんかひねりの利いたことをしてみたいなあというのが、ルックに対するテッドのしょうもない見栄でもあった。 「ふむ。これならばサンタクロースも太鼓判を押すだろうな」 テオもルックのケーキを評価した。テッドよりも舌の肥えている将軍の言葉は貴重だ。 が、ルックはそれがどれほどすごいことなのか理解できていないようで、何度か目を瞬いただけだった。そして。 「サンタクロースって何?」 まるで子供の常識を覆す質問をしてきた。 通じなかった単語に、残りのふたりが固まる。 もしルックの境遇を知っていれば、ふたりが驚くことはなかった。生み出されてから幽閉生活、外に出されたと思えばハルモニアの神殿でのエリート教育とヒクサクの偏った知識を常識として植え付けられている。……聖誕祭について『自分の誕生日』と理解している神官長が、聖誕祭には子供にプレゼント、という世間の風習を教えなかったのはある意味当然だったのだが。 「サンタクロースって言うのは、白いひげをはやした赤い服のじーさんで」 「トナカイの引くソリに乗って聖誕祭の夜に世界中を回るのだ」 「そうそう、で煙突から家に侵入するんだぞ」 「……」 雪のない地方ではトナカイはどうやってソリを引くのだろうとか、煙突から家に侵入するのは一度わざわざ屋根に登るのかとか、それ以前に不法侵入だし、どうやって一晩で世界中を巡るんだ。 ルックの頭の中をすごい勢いで疑問符が駆け巡る。 サンタクロースにまつわる子供の共通の質問、エトセトラ。 それらすべてを声にすることはあまりにも子供っぽいように思えた。なので、ルックはとりあえず、一番の疑問だけを選ぶ。 「で、その不法侵入老人の目的はなんなの?」 世界中の子供のために、おもちゃなどのプレゼントを配って回ることです。 馬鹿にされるからとかの理由ではなくテッドははぐらかす。 「知りたいんなら、枕元に靴下をぶら下げておけよ。できるだけ、でかいやつ」 視線をずらすと、テオがテッドの意を汲んで頷いた。 「そういうことなら、前にリンが使っていたものがいくつかあるはずだ。貸して差し上げましょう。テッドは」 「三百歳越えのおれのところにサンタが来てくれるとは思えませんので」 まっとうな事実だったが、改めて言われてテオも複雑な顔だ。 「それを知らずに毎年……」 将軍がくちの中でごにょごにょ言葉を消した。 続く台詞の予想は、『グレミオもご苦労だったな』。 やっぱりテッドにお菓子を恵んでくれていたのはグレミオだったらしい。 人の気配に敏感なルックだったが、幸い、正体不明の「サンタクロース」ついて集中してしまっている。将軍の態度には気がつかなかった。 そして将軍も最初の動揺さえ乗り切ってしまえば、見事なものだ。家督を継いでから数十年、当主として政の海千山千を乗り越えてきただけはある。 「夕食後に私の書斎へ来なさい。ああ、ルックは初めてだろうから、テッドに選んでもらうと良い」 視線を受けてテッドは軽く頷いた。 ここまでお膳立てしてもらって、できなければ男が廃る。 あとは夜中にルックの靴下にプレゼントを落とし込んでやるだけだ。 翌朝の反応が楽しみでならない。 *** 円の宮殿はまだまだよそよそしい。 道に迷うことはなくなったが、やはり見慣れた一画にたどり着くとほっとする。 リンの足が自然と早くなった。ただし、熱湯の入ったポットは慎重に。 扉をひとつくぐれば、そこは勝手知ったるルックの部屋だ。他国では英雄の扱いを受けるリンをお使いに出しておいて、部屋の主は長椅子でくつろいでいた。表情からなんとなく寝起きであることがわかった。 「ルックー。ハイランドの紅茶を買ってきたんだけどー」 あと、首都で最近注目度アップのパティシエの焼き菓子も。 ひょいとリボンのかかった箱を持ち上げるリンを一瞥してルックは髪をかきあげる。 「適当にその辺のカップあさって」 「んー」 他の古参の神官将からしてみれば不敬きわまりない態度だとなじられるだろう。ルックが。非公式の賓客を足で使っているのだから。 もっとも、双方ともにそんなことを気にする間柄ではないので問題はない。 「ところでさ。街がいろいろと賑やかになってたよ」 「もうすぐ聖誕祭だからね。ハルモニアの冬で一番綺麗な時期だ」 食器棚の開く音。 「へえ。ハルモニアでも聖誕祭をやるんだ」 「何言ってるの。この国で祝わなくてどうするのさ」 なんだか、いつかしたやりとりを思い出させてルックはリンへと視線を移した。 彼は食器棚を開けた中途半端な姿勢で固まっている。 「どうしたの?」 まさか、不自然な薬品の臭いがしたんじゃないだろうね? 真の<風>の紋章の癒しのちからで毒はルックには無駄だと言われているが、数年に一度、試してみようという傍迷惑が現れる。 それかと思ったのだが、近寄ってみてどうやら違うらしい。 リンの視線はひとつのカップに釘付けだ。 「……ああ、それか」 たしかに、彼が反応するのも無理はない。 グレッグミンスターで迎えた初めての聖誕祭の日に、テッドとテオのふたりから贈られたものだ。マクドール家が代々伝える品のひとつと思われるティーカップ。 実際のところ、ルックはサンタクロース云々の話にはだまされなかった。というか、気になって調べて事実を知って。赤面しながらテッドに切り裂きを放っておいた。 そのときに聞いた話によればテッドが直々に選んだとのこと。何か曰くがあってもおかしくはない。 「……僕は受け取っただけなんだけど。もしかしたら僕経由であんたに渡せってことだったかもしれないし。どうする?」 お気に入りの品だから、正直、気はすすまなかったが、それがテッドの遺志であればできるかぎり尊重したい。 申し出にリンは首を緩く振った。 「いいよ。これはルックのものだし」 「ふうん。なら良いんだけど」 釈然としないものを感じながらもルックは視線を外した。 そして、ルックの視線が外れたのを背中で感じて、リンははあとため息をつく。 (……テッド。偶然、ってことはないよな) あの親友のことだ。確信犯に違いない。 絶対に確信犯だ。 最後のお願いといい、このカップといい。 現在のルックとリンの微妙な関係をどこまで予想していたのか。 どこまで仕組んでいたのか。 故国でのやりとりを思い出す。 ――ええー?おれなんかが選んじゃっていいわけ? ――家族は家族専用で使うカップを決めてるんだ。 ――でも、おれは家族じゃな……。 ――グレミオもクレオもパーンもみんな使ってる。テッドも同じだろう?ほら、さっさと決める。 ――んとに強引だなあ、リンは。じゃあ……っと。 ――あ、テッドこれだけはダメだぞ。 ――そんな華奢で華やかなの、おれには似合わないから安心しろよ。なに?曰く付きですかね親友殿。 面白げに目を細めたテッドに自分が何と答えたか。 鮮明に覚えている。 ――それは俺の一番気に入ってるものだから。将来、一番大切なひとに使ってほしいんだ。 <2007.12.23>
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