アッシュの執務室は、わりと侵入が容易い。
 というのも、頑に主席総長になることを拒んだことに対する見せしめのように、神託の盾の幹部の中でも一般兵の宿舎に近い部分に部屋を割り当てられたからだ。しかし、第六師団長の時代より部屋自体はレベルアップしているので、文句などまったくない。
 仕事場なんて「仕事」が滞りなくできれば良いのである。
 そういうスタンスなのだが、今日ばかりは頭を抱えたくなった。
 彼の一歩後ろを、ふたり並んで歩いていた副官たちも同じようだった。特にシンクの方は眉間に手をあててしまっている。

 扉の前にカラフルな山ができている。

「アッシュ、ひとつ確認したい」
「なんだ?」
「やたら綺麗なラッピングの山があるのは別にいい。今日はヴァレンタインだからね。見覚えのある紋章がついた大きな箱がふたつあるのも、元凶の想像がつくから、うん、納得するよ。でもだね、あの黄色い毛皮の」
「チーグルですね」
「そう。あの何の役に立つんだかよくわからない教団の聖獣が、なぜプレゼントの山の上でリンゴを食べているのかを聞きたい」
「誰が連れて来たんでしょうねー」

 波状口撃の最中にもアッシュは、黄色いチーグルに歩み寄った。
 慣れた動作で抱き上げる。

「スター」
「みゅ?」
「誰と一緒に来たんだ」

 チーグルの中でも警戒心の強かったスターだが、大爆発によって、オリジナルとレプリカ両方の実験動物として扱われた記憶が重複している。人間に対する苦手意識が強いのだ。
 それがいつ誰が通るとも知れない廊下でリラックスしていられるわけがない。
 スターはもごもごと答えない。
 視線を落としたイオが、気がつく。

「これ、もしかしてスターが……なんというか、元に戻した、んじゃないでしょうか?」

 もともとプレゼントの山があった。誰かが扉を開け、中に入る。そのときにプレゼントの山が崩れてしまう。それからスターが、山を元通りにして上に乗っていた。  イオの推理にスターがぶんぶんと頭を振る。大きな耳がワンテンポずれて、やわらかく左右した。

「確定だな」

 アッシュが断言する。首根っこをつかまれた猫の姿勢で、スターをぷらんとぶら下げた。
 スターの性質を考えれば、中にいる人間は誰か。おのずから候補は絞られる。
 ルークか、ナタリアか。それとも漆黒の翼か。

「みゅっみゅみゅううみゅうー!」
「……ギンジか」

 叫んだスターの口からこぼれた名前にアッシュは息を吐く。チーグル語を直訳すれば、ギンジさん逃げてですのー!
 逃げろと言われても、アッシュの部屋にいる以上は袋小路だ。どうにも動けるはずがない。
 チーグルの情けない鳴き声を受けてか、部屋のなかで気配がざざっと動いた。隠れようとしているのかもしれないが、あいにく、シンプルイズベスト、安全第一のアッシュの部屋に身を潜められるような死角が存在するわけはない。
 ぽいっとスターを背後のシンクに放り投げ、彼は扉を勢い良く開けた。

「お帰りなさーい!」

 特注と思われる巨大なクラッカーから鮮やかな紙吹雪にくるりカールした細いリボンと、爪ほどの大きさのキューブが数個。飛び出し、ぶつかってきたそれを反射的に受け止めて、アッシュは一言。

「ギンジ、部屋が汚れる」

 見守るシンクはため息を吐く。いわく、『問題はそこなのか』。

「大丈夫です!ほら、これ、現在開発中のシェリダン特製音機関、掃除機!です」

 ほがらかに答えるギンジにイオは視線を生温かくした。いわく、『どっちもどっちですね』。
 ある意味、天然vs天然のやりとりに、スターがみゅうみゅうと謝っている。どうやら、アッシュたちを阻止できなかったことを反省しているようだが、ギンジのこの様子を見れば、アッシュを待ち構えていたのは明白なので、やはり観点がちょっとずれている。天然三つ巴。
 その雰囲気に気付かずに、ギンジはアッシュに事の次第を話し始める。

「おいら、ノワールさんたちからアッシュさんが帰って来たことは聞いてましたけど、ちゃんと挨拶もお礼もできてなかったのが気になってたんです。それで、今日はヴァレンタインですし……」

 ちょうど良い機会だった。
 反射で受け取った立方体は、綺麗にラッピングされた一口サイズのチョコレートだ。庶民の子供が一度は食べる思い出の味だが、貴族として生まれたアッシュは食べたことはなかった。

「どうしてお前が礼を言う?礼をしなければいけないのは、俺の方だろう」

 アッシュとしてはエルドラント突入という危険なことまでさせ、しかも帰らなかった。カンタビレとして還って来ては、結局、漆黒の翼を通じてしか知らせてはいなかった。事情があるといっても、反省も挨拶も、アッシュがすべきものであってギンジがするものではない。
 彼としては当然のことだったが。
 また、彼としても当然のごとくに笑いながら。

「だって、アッシュさんはおいらを飛ばせてくれたじゃないですか」

 音機関が好きで、空が好きで、アルビオールが好きで、飛ぶことが好きで。
 だけれど、墜落と言う無様をやってしまったこともあって、最初にパイロットとして空へ出たのは妹のほう。
 仕方ないと思っても、くすぶったものがあったのは確か。
 そんなところで、多少、いや。かなり強引だったとはいえ、ギンジを引っぱり出してくれたのは彼だ。あの状況では、彼以外できなかっただろう。
 最初はもちろん、思うところも恐怖もあったけれど。
 それを吹き飛ばすほどの充実。世界には自分が知らないきらきらしたものが、まだまだたくさんあると心がぎゅっとした。

 そんなギンジの心中など知らず、アッシュの眉間に皺が寄る。
 見慣れたそれに「律儀なんですから」と苦笑しつつ、あのころ培ったアッシュの操縦技術をフルに発揮する。

「じゃあ、ホワイトデーにはふたりきりで一緒に飛んでくださいね」

 アッシュの背後で緑の殺気が立ち上るが、知ったことか。
 そんな簡単なことでいいのかと頷いたアッシュに、物騒な気配はますます強くなった。
 ギンジは拳を握りしめる。

(アッシュさん、おいら、がんばります!この二年で見つけたとっておきの絶景コースを、ぜひアッシュさんに!)

 ホワイトデー、特等席確定。
 それまで、背後と夜道に注意しよう。





 2008年VD記念。
 去年のがあんまりにあんまりだったので、もうちょっと感謝が伝わるようなものを目指してみました。
 殺気も溢れてますが(汗)。
 ギンジがクラッカーから飛ばしたのはチ●ルチョコです。
 アッシュは貴族様だったから、食べたことないのです。

<2008/02/14>






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