「まったく、誰の為の剣なのか」

文字通り、ルークたちを逃がす盾となった老人たちを一瞥し、アッシュは銃を構えた女へ視線を戻した。

「度が過ぎるぞ、リグレット」
「貴様に言われる筋合いはない。それに、これは命令だ」
「おまえの敬愛する閣下のか?」

女の返事はない。しかし、それこそがもっとも雄弁な回答であった。
教団の命令でもなんでもない。どころか、預言の遵守に因るとはいえ民の心の安寧をあずかるローレライ教団のすることではない。
もっとも、それに続く揶揄の言葉は喉の奥に留まる。あまりにも、大人げないと。少なくとも、表面上の付き合いすらもなかった今の自分。それから、失われる命を知りながらも、あえて『未来』と『過去』のためにそれらを見ぬふりをした<生命の水>に言う資格はないと思ったからだ。
代わりに出てきたのは当たり障りのない言葉。

「せめて、この作戦からシェリダンの者を外してやるくらいの慈悲はなかったのか?」

リグレットの元に辿り着くまでに、何人もの兵士がたまらずに膝をついている姿を見た。嘔吐する姿も。数人の兵士が、上官の命令に従わなかったとして同じ神託の盾オラクルの兵士に暴行を受けている姿も。
リグレットの後ろに控えている兵士のなかにも顔が白い者が見受けられる。――おそらく、彼らもこの街に縁のある者なのだろう。
だが、アッシュの非難に彼女は不快そうに眉を寄せただけだった。

「これは必要なことだ。いちいち情に流されていては兵など務まるまい」
「大事の前の小事」
「そう」

短い肯定。彼女はそのまま持っていた銃をアッシュに向けて構えた。引き金に指をかける。

「貴様こそ何をしにきた、第六師団長ローラ=アシュレイ=カンタビレ」
「返答次第によっては、その物騒な武器の出番になるのか?」
「当然だ。貴様こそ、導師に命じられた持ち場を離れての行動。立派な命令違反だ」

彼女でなくとも力に物を言わせるには十分な理由だった。しかし、銃口がまっすぐに胸を狙っている状況にも彼は余裕を絶やさない。
なぜなら。

「それで俺を殺せると思っているのか?」

彼は<生命の水エリクシール>。生ける万能薬。一撃で仕留められなければ、その驚異的な回復能力ゆえに死ぬことはない。そして、アッシュがおとなしく的になっているわけがないのだ。
だが、リグレットは引き金を引いた。
魔弾と呼ばれるまでに精密で威力のある攻撃。
発射の直前に最初の狙いは腹へ。そして、続いて太腿。最後に左肩。流れるような速さであり、精密さだった。特にアッシュの動きを止めたうえでの最後の一撃は心臓を狙ってのことだろう。もっとも、それでも身を反らせた彼にとっては致命傷にはならない。体に打ち込まれた弾丸は回復する肉に押し出されるようにして地面に落ちた。
それをアッシュは色のない瞳で見つめ、リグレットへ視線を戻した。

「やることが乱暴だな」
「そちらこそ、噂に違わぬ化け物ぶりだ」

話には聞いていたが、実際に彼の能力を目にするのは初めてだった。そこには確かに畏怖の感情も込められていた。
六神将たちもそれぞれの卓抜した力に由来した二つ名を持っている。けれども、それらは彼ら彼女らの努力によって磨き抜かれたものだ。アリエッタの魔物を操る能力ですら目の前の男のような人間離れした体質とは次元が違う。
リグレットの単語に彼は眉をひそめたが、それ以上の反応を返すことはなかった。
ただ温度のない一言。

「あいにくと言われ慣れている」

それだけの呟き。
次の瞬間。
アッシュの足下を中心点に、白い光が地を走った。線と曲線。譜陣。
しかも、大きい。通常、譜陣には古代イスパニア語の文言が刻まれるものだが、その文字が一見して読み取れないほどに引き伸ばされていた。
いったい、何の術を。

「私たちをどうする気だ?!」

冷静を装おうとして失敗した女の声に、彼は平坦に返す。

「お前たちをどうこうする気はない」

言葉が終わると同時に光がひときわ強く輝いた。
軽く伏せられた瞳の緑が鮮やかに見える。
その色彩に既視感を覚え、思わずリグレットが彼の顔を凝視するなか、詠唱も完全に省略された起動の言葉のみが朗々と響いた。

「――リザレクション」

最後の一音の余韻を待っていたかのように、当てられそうな濃度の第七音素が譜陣から湧きあがった。
今まで感じたことのないほどの、強烈な強制的な癒しの力。
状況が呑み込めずに戸惑う部下と異なり、リグレットは感じるところがあった。譜陣の大きさ、第七音素の量、目の前の男の第七音素士としての桁外れの資質。総合すれば見えてくる全体像。

「まさか、この街全ての人間を……!」
「失われた命までは取り戻すことはできん」

否定に見える肯定。
視線は物言わぬ屍となった老人達に向けられている。
今までそこかしこから聞こえてきた呻き声は、戸惑いと安堵と喜びを含んだ囁きに変化している。
自分の施した術への絶対の自信からか、彼は周囲を一瞥することもしない。
ただ、続く非難と攻撃を覚悟した彼女に男はあっさりと背を向けただけ。
まるで、彼女が既に己に手出する気概を失ったことを知っているかのように。

「待て!」

それでも、つい叫ばずにはいられなかったリグレットに彼はちらとだけ視線をくれた。

「俺に待たれて困るのはお前たちだろう?」

いっそ楽し気にその口元がゆがんだ。

「それに、閣下がお待ちだぞ?リグレット」

光のように流れた髪から僅かに見えた表情が自嘲に見えたのは、彼女の気のせいだっただろうか。






そのときカンタビレはシリーズ。
地道に人命救助に励むアッシュ。このとき、この時代のシンクは文字通りの特攻をかけているわけなので複雑な心境。
本当はアクゼリュス崩壊後のキムラスカvsマルクト戦でやりたかったネタなのですが、個人的に後悔の大きかったこっちのイベントに手が動きました。

<2007/6/24>






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