それこそ反射でルークは扉を閉めた。 ああ、だってこんな時間だもんな。立ったまま夢を見てしまった。あのアッシュが夜更けに自分の部屋の前、俯き加減に恥ずかしげに佇んでいるなんて、そんな都合のいい……。 「閉めんじゃねえ、屑がっ!」 「現実かよっ」 乱暴に扉が揺れるのを見て、ルークは慌てて戸を開く。アッシュは目の前の邪魔な障害物を蹴ったその姿勢のまま己の完全同位体を睨みつけた。 「何が現実だ?おまえは立ったまま夢でもみれるのか?」 「い、いや……」 慌てて否定し、誤摩化すために浮かんだのは我ながら感心するほどのひどく真っ当な台詞だった。 「それよりも、どうしたんだ?こんな夜中に来るなんて、何かあったのか?」 ここはダアトである。 賓客扱いになっているルークをこの時間に尋ねるようなよほどの用事でもあったのだろうか。 当然の疑問をぶつけるも、アッシュはそれには触れずにルークの脇を抜けて部屋に入った。そこでようやく、ルークはアッシュが寝間着にガウンを羽織っているだけで、しかも脇に枕を抱えているというとんでもない状態に気がついた。間違っても、神託の盾の幹部が夜中に歩き回るのに適した格好とはいえない。いや、とんでもない姿だ。 「あ、あ、あの……」 「ーー悪いが、ベッドを貸してくれ」 何を言えばいいのか混乱するルークにアッシュがさらに追い討ちをかける。ああ、どうしたんだアッシュ。いつもいつもダアトに来るたび、バチカルに来るたびに部屋から必ず一回は叩き出してくれるというのに!(といっても、結局は許してくれるのだが) アッシュのほうからのお誘いは嬉しいわけだが、今までが今までだけに素直に喜べない。というか、ありえない。 これは何かあったなと思うのだが、本性ローレライのアッシュにルークから回線は繋げない。 結局、返していい言葉が思い浮かばずに沈黙していると、それを了解と取ったのかアッシュはガウンを放るとさっさと(ルークの)ベッドにもぐりこんだ。几帳面に持参枕をセッティングする。 しかも。 「どうした?まだ寝ないのか?」 流れる金の髪を掻きあげながら、ぽすっと自分の隣の空間を叩いた。 「っ!」 おかしい。 どう考えたっておかしい。あのアッシュがこともあろうか自分に向かって吐く台詞ではない。悲しいことに事実である。 罠か?何かの罠なのか?! そうか、罠か。ならば先手を打ってやる! 「じゃあ、俺はこっちのソファで」 後ずさりしながら長椅子を差したルークをアッシュはきょとんと見つめた。 「それだと、俺がわざわざおまえのところに来た意味がないだろう」 ありえない。これは何かの間違いじゃないだろうか? 自分の知ってるアッシュってこんなんだったっけ? 舞い上がる以前に自分を疑って硬直。 動こうとしない、そんなルークに焦れたようだ。アッシュはむくりと起き上がると、勢い、ルークの腕をひっぱった。しかも、そのまま腕を抱き込むようにして寝やすいように姿勢を整える。 その仕草にルークはようやく思考を落ち着けた。似ていることに気がついたからだ。 延々とアクゼリュスを夢に甦らせては目を覚まし、掴まるものを探してしまう自分に。 そして、その直感はきっと正しい。 表情を隠すようにくっついてくるオリジナルの髪を梳く。落ち着かせるように。その色彩がかつてのような鮮やかな紅でないことが悔しい。 「どんな夢を見たんだ?」 「夢じゃない」 「わかってる。星の記憶だろ?」 預言に似ていて、預言ではない。人が預言を頼らなくなった今、それは今まで考えられていたような硬直した1本の道ではなく、揺らぐ多くの未来のひとつに過ぎない。 「だったら、夢と変わらないよ」 ルークはそう思ってる。 どんな酷い光景を見たのか分からないが、あのアッシュがこんな行動に出るくらいだ。よほどのはず。 「悪い夢は話してしまえば現実にはならないんだって」 ティアが言ってた。それとも、ガイだったかな。 「だから、話してよ」 もしかすると、悪夢が現実にならないための何かをできるかもしれないし。 それ以上に教えて。自分たちはこの世界でお互いしかいない。なのに、片方だけ苦しむなんて、やっぱり納得がいかない。 ルークの言葉が効いたのか、単にアッシュの気まぐれか。 ぽつりと声が胸に落ちた。 「ユリアが正しかったのかもしれないと思った」 「え?」 「ユリアが預言で絶対の道を作ったのか。人間が滅びるような預言を、避けようともせずにそのままに詠んだのか。分かるか?ルーク」 ユリアの預言で人類は『未曾有の繁栄』へ向かっていた。ひいては、その後に続くオールドラントの終末へと。 繁栄を約束するとみせかけた、滅びへ至るキーストーンを巧妙に配置して。幾多の原因を唯一の結果へと導いていった手腕。 もし彼の女性が本気でオールドラントを終わらせない選択をしていたのであれば、かなったに違いない。それだけの能力を持っていたのだから。 それをしなかったのは。 「ユリアが、人を人のまま終わらせたかったからだ」 「え?」 「わからないなら、それでいい」 それきりアッシュは沈黙した。とりあえずの言いたかったことは、ルークには伝わらなかったとはいえ話してしまったことですっきりしたらしい。 相変わらずの自己完結だ。 らしいと言えばらしいけれど、かつてそれで大失敗しているのだからもっと言って欲しい話して欲しい教えて欲しい。 こうなってしまえば、彼は決して口を割らない。そのくらいよく知っているけれど。 話してくれないのは彼の優しさとしっていても、悔しくて歯がゆい。 「アッシュが教えてくれないから、わからないけど、わかることもあるよ」 だから、何の救いにならないかもしれないがルークはいつも言っていることを繰り返す。 優柔不断な自分のせいで、誰にも理解できない生き方を選んでしまった片割れ。 卑屈でもなんでもなくて、事実として支えられるかなんてわからない。 今更ながらのこの状態に恥ずかしくなったのか、くっついているアッシュが明らかに眠ったふりをしようとしているのが可愛い。肩がぴくりと不自然に揺れたので、狸寝入りはばればれだ。……が、黙っておく。 こんな楽しい時間をそんな些細な言葉で台無しにしてしまうのはもったいないと考える程度にルークだって成長している。 (俺たちが何であっても、人間みんなの幸せを考えなきゃいけない必要なんてないんだけどな) 不可能でもある。アクゼリュス以降、贖罪に取り憑かれたルークだから、それが絶対にできないことを痛感している。 そもそも、ローレライを含めて第一からの音素集合体が、人間の幸せの為に動いたことなどあっただろうか? よく考えなくてもすぐに判ることを、絶対にこの生真面目なニワトリは気にかけている。 元来の教育の成果と性格とでどれほどの目に遭わさせてもキムラスカの国と民とを見捨てなかったアッシュだから、気になってしまうのだろう。――そういう時代は過ぎ去ったのだと割り切れていないのは薄々知っている。こういう機会でもないと弁舌で押し負けてしまうから、反論しそうにないくらいに弱っている今、彼に改めて告げようとして、けれどもルークの頭ではうまく言葉にまとまらない。 こういうことはヒヨコの頭で単純に考えた方がいいってこともあるんだ。 「とにかく幸せになろーぜ」 「……なんだそれは」 「だって、アッシュが幸せなら俺も幸せだから」 くぐもった声での反論。無視しきれなかった彼の中途半端な依怙地さについ笑みが零れる。くるりと人差し指にその光の髪を絡める。 「それに、いつか俺がお前に還ったときに両方とも幸せじゃなかったら、お互いすごい荒れるし落ち込むぜ?」 いつか最期にはルークの音素はアッシュに還る。否定されたって、拒絶されたって、今度こそそれだけは譲れない。 前回の大爆発のときの経験からして、完全に第七音素同士が結びつこうとする前に、一度は互いの意識が双方向に開かれた状態に置かれるはずだ。 そのときに片方が不幸のどん底で片方が幸福の頂点だったとしたら、と。 今までの自分たちの行動パターンと照らし合わせてみる。すなわち、最初の選択――ローレライと大爆発を起こすのはどちらか――から後悔して、自己嫌悪して、片方は自己否定に走り。片方は同じくして無茶をやらかすだろう。 どちらにしろ、しばらく浮上できないのは二人とも間違いない。 そうなったら、音譜帯にいるとはいえ第七音素の元締めが不安定になったらオールドラントはどうなるんだろうな? 内容の真剣さと裏腹の茶化すような言葉は、アッシュの性格を見抜いてのこと。 しばらくの沈黙の後、耳に届いた台詞。 「……善処する」 アッシュにしては最大限の肯定にルークは髪を絡めたままの指にくちびるを寄せる。 ささやかな勝利宣言の代わりに。 設定は私にとっておなじみの捏造一直線。 状況は私にとってCPオーラ限界点突破寸前。 ユリアの預言における一解釈。続きがある予定。でも未定。 <2007/5/19>
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