白の花弁とピンクの花弁。 胸に抱いたそれを惜しげもなく散らす。 鮮やかなシャワーは不格好な石を飾った。 「導師イオン、とうとう始まってしまいます」 石の下に眠るオリジナルにイオは話しかける。 死すら認められなかったオリジナルの墓は、ダアトの郊外、うっそうとした森の中にある。墓碑銘はない。知らなければ、多少は小綺麗なだけのそれなりに大きな石といったところか。訪れる者は滅多になく、枯れた花が風に揺れていた。 アッシュは知らないだろう。シンクは覚えていないと思う。けれども、イオは『導師』としての自分の行動を覚えている。本当に良く、覚えている。 今日は、『導師イオン』が親書を携えて旅立った日だ。 生まれて2年、体力が劣化していたためにダアトを出る事は滅多になかった。そのため、和平のための重要な行動だと、失敗は許されないのだと肝に銘じる一方で、初めての冒険にわくわくしていたのも覚えている。 アニスを伴ってダアトを抜け出して、ジェイド率いるタルタロスでエンゲーブへ。 そこで出会った、ルーク。 聖なる焔の光。 軟禁されていたがゆえに世間知らずだった彼は、だからこそ自分を癒した。 誰もが自分を『導師イオン』として扱う。親愛を示しながらも一歩退いて接するなかで、不器用な遠慮のなさが嬉しかった。 だから、怖くもあった。 キムラスカを未曾有の大繁栄に導くという『ルーク』の存在は知っていた。だが、その秘預言は中途半端にしか知らされていなかった。そう、ちょうどキムラスカでインゴベルト6世がルークへ告げたような、故意に肝心な部分をぼかしたもの。 彼は、結局、どうなってしまうんだろう? あまりにも中途半端なその不自然さを疑問に思いながらも目をつぶったのは、きっとあのときの自分が幼かったからではない。 預言に依存することに疑問を持ちつつも、世界を繁栄させるユリアの預言が滅亡へのカウントダウンを示しているなんて、思ってもいなかったからだ。 大きく括ってしまえば、モースと同じ。 「でも、人は変われます」 預言が万能ではないと知っている。 預言が正しくはないことを知っている。 預言が生きていくのに必要ではないことを……人の強さを知っている。 あの事件で、イオは身を持ってそれを知った。 最期の直前にそれを知ったはずのアッシュ。改めて生きる中でそれを知ったはずのシンク。 どんなに預言にがんじがらめに縛られていても、抜け出せるのだと知ることができた。 「だから、残念です」 きっとその光景を誰よりも望んでいたオリジナルが、こんな風に打ち捨てられているのが残念で、悔しい。 「あなたにこれから起こることを見て欲しかった」 これから起こることは、オールドラントの土地さえも崩す。 たいして意識してもいなかったから、ローレライが解放されるその日まで、ここが無事であるかもイオにはわからなかった。自分が無事でいられるかも。命を粗末に扱うつもりは毛頭ないが、万が一のことがあれば、イオはアッシュを優先する。 それでも約束をしよう。 未来を託してくれたオリジナル。過去を抹殺する事を享受したオリジナル。 「全てが終わった暁に、あなたに過去と未来を返しましょう」 そのときにまた、人間は強さを知ることができる。 ヴァンとルークたちの戦いのような大きなうねりではなく、静かに預言を打ちのめしたひとりの少年を。 失敗するなんて、そんな臆病なことは考えない。 捧げる花は弔いではなく前祝いだ。 ……花の名前は、セレニアとローラアシュレイと言う。 セレニアはルークの始まりの花。ローラアシュレイはアッシュのそれです。 なんというか、本編の流れだとオリジナルイオン様、闇に葬られたまま終わってしまいそうで……。 シンクはそのへん気にしなさそうですが(オリジナルイオン様も気にしなさそうだ)、イオは徹底的に気にしそう。 本当は『導師』として行きてた時からオリジナルが気になって、でも墓の場所すら曖昧な感じだったりしたらいいなあとか。 <2007/3/28>
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