「名前が要りますね」

 一通りの話を聞き終えて、イオンが頷いた。

「あなたたち三人に対してそれぞれ名前と素性がないと不自然です。それにローレライはまだ誤摩化せるとしても、二人は顔から言ってまず、僕との関係をモースに疑われるでしょう」

 レプリカを名乗った二人を交互に見て、イオンは思案する。
 教団内でも正とも負とも判断がつかぬと言われた預言で現れた人間を導師は「是」と判断した。これだけで教団幹部の口を封じることは可能だが、その背景を明らかにせよとの要求をはねつけるわけにはいかない。
 ただ、ローレライとの融合や、時間を遡ったこと、ましてや予言が消滅した未来など、今の教団は受入れることができない。
 だとすれば、どうにかして追求を躱すだけの『過去』や『理由』をでっちあげなければならない。

「シンク、あなたは参謀総長をやっていましたけど、何か第六師団長に関わることで情報を得ては?」

 イオンが傍らの兄弟に振った。教団内の情報をもっとも広く知っていたのはシンクだろう。
 だが、彼でも緩く首を振る。

「カンタビレは僕たちの計画に無関心だった。少なくとも、積極的に邪魔をしようとはしてこなかった。ヴァンも放っておくように言ってたしね」

 取り立てて情報があるわけではない。

「ああ、でもカンタビレって最初は女だと思ってたんだよね」
「女?」
「そ。なんて言ったっけ……とにかく女の名前だったのは確か」

 男の子に女の名前を、あるいは女の子に男の名前をつける風習のある地方が存在する。そういった地域の出身だと思っていた。

「それは興味深い。あとで参考にしましょう」
「おい!」

 話の流れにアッシュが声を上げたが、導師に綺麗に無視される。
 導師は、自分の目の前の、自分よりも見かけは年上のレプリカを交互に眺めていた。

「レプリカといっても、全然違いますね。僕が大きくなってもどちらにも似ないような気がします」
「それは光栄」
「とはいえ、僕も人の名前なんて考えるのは苦手で……何より、二人ともとっさに呼ばれて返事ができないようだと困りますし」

 しばらく考えたが、導師は結局、新しい名を己のレプリカにつける努力を放棄した。

「シンクはシンクでいいでしょう。イオンは……さすがにイオンだとまずいでしょう。じゃあ、イオで」

 あっけらかんと言い放った導師に突っかかったのはシンクだ。

「ちょっと。あと数年もしたら、六神将に『シンク』が生まれるんだけど」
「シンクの方が明らかに年上ですから、偶然で済ませられますよ。イオもそう。偶然、家族で似たような名前が後からつけられてしまった。それだけです」

 家族。
 何気なく出された言葉に、二人が身を硬くするのが分かる。
 けれどもそれに気がつかないフリをして導師は一歩踏み出すと、両腕を広げて、並んだままのふたりをぎゅっと抱きしめた。

「家族は無理があるかもしれません。僕が導師として迎えられる際に家族については調べられてしまっていますから。でも、従兄弟くらいならいけると思いますよ?」

 息を詰めた彼らの顔を見上げれば、どこか呆然とした風。

「僕の従兄弟では気に入りませんか?いいアイディアだと思ったんですけれど」
「い、いえ」

 導師は知らなくて当然だった。生まれながらの導師、生まれながらの代用品。そうして生きてきた彼らにとって、家族とか血縁とか、そういうものは想像の埒外にあった。嬉しいとかそう感じる前に、身がすくむ。
 思わず助けを求めるように事の元凶を見れば、楽しそうに笑っているだけだ。

「それでいいじゃねえか。他人のそら似で済ませられる顔でもねえし、いざとなればモースに牽制が効くぞ」
「ですよねー、ローラ・アシュレイ」

 にこりと同意して、さらりと導師は言い放った。

 耳に慣れない名前に、導師以外の三人が視線を彷徨わせた。
 誰だそれは。

「あなたですよ、ローラ・アシュレイ・カンタビレ。シンクが『女の名前だ』って言ったときから考えてたんです。いい名前でしょう?」

 本当に女の名前を付けられるとは思ってもいなかったアッシュが、顔を真っ赤にする。

「良い名前って……おい!」
「アッシュも、まあ、偶然の一致にしても良かったんですけど。せっかくのシンクからの情報もありますし、ローレライでアッシュでカンタビレ、だったらこれでしょう」

 ローレライ。アッシュ。
 ローラ・アシュレイ。
 並び替えれば、確かにそのような綴りが浮かび上がる。使われない字もあるが、大意は変わらない。

「いいじゃん、別に。普段はきちんと『アッシュ』にしとくから」

 いつの間に立ち直ったのか、シンクが軽やかに同意する。明らかに面白がっている。

「仕方ないですよ。シンクの――僕たちの知っている情報と辻褄が合わなくなっても問題でしょうし、ね。アッシュ」

 イオン改めイオの正論にアッシュはふてくされたようにそっぽを向いた。自分よりもずっとずっと年上で、しかも今までルークに対する冷めた態度しか見たことのなかったイオにとって、それはとても新鮮だった。
 もっとも隣のシンクにとっては、それはあまり珍しいものでもなかったのだろう。相変わらずだと声なく呟いている。
 二人を両腕に収めたまま、導師が次なる爆弾を落とす。

「それでは、次は実績ですね。モースを……むしろ、ヴァンを黙らせるだけの」

 帰還まで、やることは山積みだ。






名前ネタ、完結。
当初のシリーズ名はそのまんま、ローラ・アシュレイでした。たしか、幻の楽章があるとか何とかをどこかで目にして、この曲のタイトルになったんだよな。アビスは音楽ネタに還元したい、なんとなく。
実は次にカンタビレの二つ名ネタがあります(汗)。
名前ネタ大好きなんです。
<2007/2/16>






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