扉を開けた途端に気がついたのは、まずは臭いだ。 強烈に甘く、なおかつ焦げ臭い。 「何が……!」 鍋を火にかけたまま留守にしたのだろうか。 嫌な予感に簡易キッチンにアッシュが駆け込むと、そこには果たして三つの緑の頭があった。 「カンタビレ、お帰り〜」 気配に振り返ったのは、その中でもひとつ頭が低い人物。 「フローリアン、何だこれは」 「何って、チョコレートだって」 「チョコを直火にかける奴があるか!」 一喝しても、残りの二人は振り返ろうともしない。 焦れてイオの肩に手をかけかけて……びくりと引いた。 くくく、という低い笑い声を聞いたが為に。 「これでいちころですね、シンク」 「ああ、間違いないね」 「まったく楽しみです」 「本当にね。身の程知らずには思い知らせてやらないと」 こぽりこぽりとザレッホ火山のマグマのように不気味な動きを見せるそれを眺めている二人からは、黒いオーラが漂っている。会話に瘴気が含まれているように思うのは、気のせいだろうか。 話しかけてはいけない。 長い付き合いと経験で悟ったアッシュは、なんとかフローリアンをその場から引き離す。そして、淀んだ二人の空気から付かず離れずの位置に来ると改めて尋ねた。 「あの二人は何をしているんだ?」 「ヴァレンタインのチョコレート作り」 フローリアンのさらりとした言葉を吟味して、彼はゆっくりと吐き出す。 「……必要ないだろうが」 あれは女性が男性に贈り物をするという行事だったはずだ。従って、自分たちの性別を考えるならば必要ない。 教団に届け出ている自分の名前は、確かに女性の名前だ。が、性別は無論、男。 しかし、フローリアンからこぼれ出たのは予想外の無邪気な回答。 「え?でも絶対に必要だって言ってたよ? ルークとナタリア姫に送りつけて先制攻撃だって」 ぼくも賛成だよ。だって、カンタビレいなくなっちゃうと、ダアトが大変だもん。 「て、カンタビレ?」 いつの間にか膝をついた彼に向けられた言葉に、アッシュは沈黙を返した。否、どちからといえば言葉が出なかった。あんまりな理由で。 しかし、そこから派生するアッシュの思考回路も流石というべきだった。 たしかに先日、とうとう見つかってしまった自分に対するルークとナタリアの帰ってこい攻撃はすごかった。 年齢も容姿も違っているのに、どう誤摩化そうというのか疑問を感じる程の勢いだった。 だいたい、時間を遡ってしまいました、のこの状況をどうやって民に説明するんだ。いや、そもそもバチカルへの帰還の話は断った。うん、確かに断った。カンタビレで一生過ごすって宣言した。いい加減に『アッシュ』の墓を建てろとまで言ってやった。あれは何か?自分だけの白昼夢か。そんなわきゃねぇだろ。っていうと何か?俺の言葉はそんなに軽いのか。 ふらりとアッシュが立ち上がる。 フローリアンの隣をすり抜けて、未だに鍋を見つめる二人に並ぶ。 その緑の瞳が怖い。 「おい、これには何を入れた?」 「ダークボトルとイケテナイチキン、雑草に……」 「生温い。これでも入れてやれ」 そろそろ捨てようと出してあった卵(賞味期限切れ)を豪快に割り、アッシュは地獄の鍋へ投下する。劇薬が必要になるとは……と呟いたのは亡き師を思い出してのことだろうか。 「アッシュはやっぱり分かってくれるんですね」 「ふ、分からないのであれば何度でもあいつらに思い知らせてやるだけだ。俺の人生は俺のものだとな」 「そうだよね。あのレプリカ、アッシュを奪おうなんて百万年早いよ」 「奪うって誰から?シンクから?」 「う、うるさいよ!」 「それよりもこれ、固まるんだろうな?」 鍋はますます地獄の様相と化す。 それをのほほんと眺めながら、フローリアンは「ラッピングはアニスに頼もうかなあ」とのんびり考えていた。こういう仕掛けは外見も大切だ。 ダアトは今日も平和である。 ED後でヴァレンタイン。甘い雰囲気はどこを探してもございません、ごめんなさい。 アッシュはED後も「カンタビレ」として教団に残ってます。そこで居場所を確立してしまったので、こっちのほうが大切になってます。両親に悪いと思いつつも、バチカルとは決別宣言してます(自分設定)。 それにしてもキャラがみんな壊れてますね。 直火にかけちゃったらチョコってどうなるんでしょう。 <2007/2/12>
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