「なるほど、ふたりが……僕のレプリカということですか」

吐息のような呟き。
イオンは前に並んだ顔をそれぞれ見つめた。
なるほど、もし自分がその年齢まで生きるのであれば、そのような造作になるのだろうという形。
しかし、外見を同じくして作られたはずの彼らではあったが、イオンの目にはまったく異なってみえたし、自分が彼らのどちらかのようになるとは到底思えなかった。
それに、レプリカが作られるはずがないのだ。
フォミクリー技術の生みの親であるバルフォア博士は研究を放棄して久しい。彼の知識や業を知る者はそうそうはいない。また、レプリカ一体を生み出す為にはどれほどの財がかかることか。
何より。

「レプリカの存在は……預言には詠まれていないのですが……」

イオンは自分が遠からず病で死ぬことは知っている。己の終末を知ることは、導師の義務でもある。
その義務にのっとって詠んだ預言では、レプリカの存在も、ましてやレプリカが「導師イオン」として立つことも告げていない。
自分の死後は、適当な後継者が定まらずに教団の内部で争いが起こる。新たなる導師を見つけられないまま、キムラスカの『聖なる焔の光』による繁栄への第一歩、マルクトの崩壊。キムラスカの力の前に、正しい機能を果たせなくなる教団は、結果、世界の死を止められなくなるーー。

かつて見た未来が脳裏を駆ける。

「詠まれてなかった?」
「まさか」

ふたりのレプリカが顔を見合わせた。

「ちょっと待て。俺が聞いた話だと、預言に従って導師イオンはレプリカ製作をモースやヴァンに命じたということだったが」

何か叫びかけたレプリカの機先を制して、アッシュが声を張り上げた。
そんな彼の様子に、イオンはゆっくりと首を左右する。

「いえ……僕は、今初めてレプリカのことを知ったくらいで」

「何ですか、それは」

静かな声に静かな声がかぶる。
視線を向ければ、レプリカの片割れがアッシュに抑えられていた。

「イオン、落ち着け」
「僕は、七番目のイオンとして作られ、イオンとして生きることを求められ、イオンとして死にました。それが平和を願った導師イオンの遺志だと信じて」
「イオン」
「僕は僕として生きたかった。けれども、同じくらいに『平和の象徴』と呼ばれた貴方の遺志を継ぐのが誇らしくもあったのに」

なのに、このオリジナルはそれを否定する。
生み出された根幹を。
ルークの気持ちがわかった気がした。
目の前でオリジナルに存在を否定されることが、こんなに辛いとは思ってもみなかった。アッシュにはアッシュの事情があったと理解していても。オリジナルとレプリカは、確立した別個の個体だとわかっていても。なお。
それ以上に隣のシンクの沈黙が痛い。
自分たちは完全同位体でもないし、ルークとアッシュのようにフォンスロットで繋がっているのでもない。けれども、いっそ冷え冷えとした何かが足下から這い上がってくる感覚は、隣の兄弟の感情であると直感する。

ひとのつごうでつくられて
ひとのつごうでこわされて
そのつごうすらも空だったら

隣に手を伸ばしたのは無意識。手を繋いだのも無意識。
それでも『ああ、これは爆発するな』と遠く思った奔流を留めたのは。

「そうか……預言は、やはり必要ないのですね」

氷のような、片割れの心象よりもまだ底の知れない温度のオリジナルの呟き。

「死ぬ時期も原因も決められるだけじゃなく、死んだ後まで不安だらけ。しかも、詠みようによっては全ての破滅の引き金は、僕がさっさと死んでしまったからにも見える」

それだって預言に定められたことなのに。
地獄の時代を生きることになる人々はなんというだろう。その後に及んで、定められた運命に従うだけ?飼い馴らされた犬のように。

「冗談じゃない」

深淵をはらんだそれに、感情を抑えきれなくなっていた片割れが、わずか気勢を削がれたのを感じた。
何故だか、イオンはオリジナルの思考が読める気がした。錯覚かもしれない。錯覚ついでに、シンクも同じような状況ではないかと根拠もなく思った。

空気の震えさえも止まったような凍りついた空気を破ったのも、その発信源となったオリジナルだった。

「ローレライ」
「なんだ?」

預言の源を示す呼称に、アッシュは迷いなく応えた。

「未来はどこにありますか?」
「どこにでも」
「では、どこにも自分が望む未来がなかったら?」
「勝手に作りゃあいいだろう。少なくとも、俺はそうした」

やる気のない回答。
しかし、イオンはそれに声を荒げることはなかった。
どころか。ひどく暗くて楽し気な笑みを浮かべる。
まっすぐにアッシュを見る。

「預言にないことをして、例えばオールドラントが滅びるようなことはないんですよね?」
「そんなんだったら、とっくに滅びているだろうな」

考えながら言ったアッシュの脳裏には、アクゼリュスの秘預言を歪めるために生み出された自分のレプリカがあったが、そんなことを導師イオンは知る由もない。

「じゃあ」

笑みをそのままに導師が胸に手を当てる。宣言する。

「作りましょう、このイオンのレプリカを。ええ、僕の自己満足の為に」

何よりも世界の為に、惑う人を安らかにするために。


音にならなかった言葉に、今、既に目の前に在る未来のレプリカへの憐れみはない。
それに安堵し、嬉しく思ったのは我ながら不思議だった。






人物の引き出しボックスが少ないので、オリジナルイオン様がヒクサク様@逆奏幻水みたいになってしまいました(愕然)。
あれほど捻曲がってはいませんが。
レプリカイオンとシンクは外見そっくりなくせに、基本的に感情の動きは正反対。
なんだかんだで導師教育を受けたイオンの方がシンクよりは抑制が効くと思います。
<2007/1/31>






BACK