「あー、暴走してる暴走してる」

双眼鏡を覗き込みながら、シンクがこれ見よがしに声を上げた。

「え?どんな感じですか?」
「ちょっと。アンタはあの場にいたんだし、見る必要ないだろ」

無理矢理に彼の手から双眼鏡を奪ったイオに文句を言いながらも、シンクもそれを取り戻そうとはしなかった。
かれこれ付き合いは三年を超える。
こういう場面ではタッグを組んだ方がより楽しめる、ということを彼はもちろん学習済みだ。
こういうアッシュをいじれる場面では。

「アッシュー?見ないの?懐かしい景色だよ?」

額に手を当てて俯いているアッシュを見下ろす。
ついこの間、彼らはふたりそろってアッシュの身長を追い越した。現在も差は開くばかり。
いつも見下ろされて、どこか子供あつかいばかりされていた記憶ばかりがはっきりしているシンクにとっては嬉しくてたまらない。もっとも、どちらかというと頭を撫でてもらうのが好きなタイプのイオはへこんでいたが。

「……遠慮しておく」

絞り出された声。
が、構うものか。

「あー、アッシュってばあのとき、タルタロスのあんな側面よじ上ってたんですね……てっきりアリエッタの友達に運んでもらって華麗に参上したんだと思ってました」

追い打ちをかけるのはイオだ。さすがである。ナイスタイミング。
そう、双眼鏡の先で繰り広げられているのはタルタロス襲撃の場面だ。マルクトからキムラスカへ和平の親書を届けるためにイオとルークが乗っていたそこを六神将の何名かが攻撃したーー。

「まっすぐにルークに向かって進んでるあたりがすごいよね。別にアレ、発信器ついてるわけもないのに」
「この時点では便利連絡網も開通してないですからねー」

ひとつの双眼鏡を奪い合いながら、シンクとイオが交互に意見する。むしろ、からかう。
そして、区切るように溜め息と一つ。

「ここに来たいっていったのは、アッシュだよ?」

特段急ぎの用事もないからと、ジェイド率いるマルクト軍と鉢合わせになるのも覚悟で第六師団の小隊をわざわざ自ら動かしたというのに。
そうでもしないといられなかったくらい、己のレプリカが心配でならないのに。
預言の通りに……彼らの知る過去の通りに進んでいるのだから、絶対にこの場で命を落とすことなどないはずだというのに。

「意地っ張りと言うかなんというか……」

どうせ目で見ようとしなくても、全身のフォンスロットは相手を探っている。ただでさえ完全同位体であるうえに、アッシュがローレライとして存在する以上、彼らの第七音素の共鳴はアッシュが知ろうとしなくても情報として入ってきてしまうだろうに。
完全同位体でないシンクと自分でさえも、背中を預けて戦うような場面ではそういうことがよく起こるのだから。
アッシュの場合はその比ではないだろう。
思わず呆れた風情を漏らしてしまえば、隣のシンクはそんなものは隠そうともせずに肩を竦めている。
その視線がまったく同じ高さ、表情で絡まった。

見ようとしないのであれば、見せるまで。

会話も、合図すらなく二人は同時に動いた。

「な、何しやがる!」

シンクが背後からアッシュを羽交い締め。イオが顔に双眼鏡を押し付けた。

「強制執行!」
「我慢は体に悪いですよ?」
「イオ、アンタのその台詞、導師にそっくりだよ」
「憧れの人ですから当然です」

前後でじゃれ合いを繰り広げながらも、アッシュの顔色を伺うことも忘れない。
どうしても見たくないのであれば目を閉じてしまう選択肢もあるのに、それをしないというのは、なんというか。
彼をかわいいとか思ってしまうのは、たいがい自分たちも毒されている。

観察していると、突如、アッシュの顔が真っ赤になった。

何が起こったのかと、シンクは詳しくは見えるはずもないタルタロスに目を凝らした。
この襲撃にシンクは参加してなかったから、詳しいことはわからないのだ。

そんな片割れの様子にイオはくすりと笑う。
この襲撃でイオはその場にいたから、なんとなく想像がついた。

「ああ、最初に人を刺してしまって動揺するルークに喝を入れるために、わざわざ高いところから飛び降りてアピールした場面じゃないですか?」

あの怒鳴り声はすごかった。
同じ艦上とはいえ、けっこう離れたところにいたイオンにさえも『人を殺すのが怖いなら〜』は聞き取れたことを覚えている。

イオの回答が正解とばかり。
アッシュは思い切り拘束をはねとばすと、脱兎のごとく駆けていった……タルタロス方面へ。
本気で突き飛ばされて尻餅をついた形のシンクが呟く。

「まさか、昔の自分をひっぱたきに行ったりはしてないよね……あの天然」
「そのくらいの理性は残ってると思いますけど……天然ですからね」

埃を払いながらシンクは立ち上がる。

「とりあえず、こっちの暴走アッシュも止めに行かないとね。あんなんでも、一応ローレライだし」

引きずってでもレプリカルークの所に辿り着く前に、連れ帰ってこないと。
言い訳じみたシンクの台詞にイオは笑う。

「何がおかしいの?」
「別に。……構ってほしいなら素直にそう言えば良いのに」

頭くらいは撫でてくれる。この図体になっても。
アッシュとスキンシップをとりたいのを抑えているシンクを分かっているイオは呟く。
それは普通なら聴こえない程度の音量だったが、シンクにははっきりと聞き取れたらしい。
滅多に見られないきょとんとした表情。
ついで、先ほどのアッシュと同じようにみるみる紅潮。

「何見当違いしてるわけ?!」

言い捨てて。
急ぐよ、と、わざとらしく叫んでタルタロスへ向かう背中。
見送って。たしかに見当違いだと苦笑して。
イオは彼らと反対方向へと歩き出す。
アッシュに構って欲しいのではなく、アッシュに構いたいシンクのことだ。
少々やっかいなことになっても元参謀総長の頭脳を駆使して一石二鳥でふたりで戻ってくるに違いない。
これであちらは大丈夫だ。

「それまでに師団をどっかに動かしておかないといけませんしね」

六神将に見つかってしまう前に。
損な役回りだと思いつつ、イオはまあいいかと思い直す。
とりあえず、このネタでしばらくはあのふたりに構ってもらえるはずだから。






タルタロス襲撃時のカンタビレ。
緑っ子の身長はアッシュを超えます(自分設定)。
イオは構って欲しい派、シンクは構いたい派。
深刻な事態にない限り、彼らはこうやってじゃれててほしい。深刻な事態になっても、それを意識しないためにわざとじゃれてそうな面子でもありますが。
<2007/1/21>






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