「何故、第六師団は動かない?」

どこか刺が残る、だが聞き慣れた声。
部屋の片隅から不意打ちされてイオは危うく譜術を放つところだった。
フードを目深にかぶった人物は十分に不審人物だったが、その声から正体が誰であるかは簡単に知れた。

「ここは第六師団長の私室です。勝手に入られるとは感心しませんね、アッシュ特務師団長」

名を呼ぶと、するりとフードが外されて深紅の髪が流れた。
つい先ほどまで一緒にいた人物と、最大の違い。

「無断で入り込んだことは詫びる。が、どうしてもお聞きしたいことがあった」

言うと、アッシュは左右を見渡す。

「ローラ=アシュレイ=カンタビレは?」
「『カンタビレ』に御用でしたら、僕が伺いますよ」
「お前が?」
「イオ=カンタビレ。第六師団長の一人です」

胡乱げに眺められて、苦笑しながらイオは名乗った。

「なるほど……第六師団長は複数人いるとの噂は本当だったか」
「ええ、全員で三人です。それにしても、こちらも驚きましたね」

まさかアッシュが『アッシュ』を指名して会いにくるとは思っていなかった。もっとも、神託の盾の名簿に登録されている第六師団長は、アッシュが面会を求めてきた名前だから、単にそういう理由なのかもしれないが。

「彼でなければならない用事でしたら、お引き取りを。あの人は、今、動ける状態ではありません」

同じ音素は集まる性質を持つ。
ヴァンの中にはローレライが封じられている。
つまり、あの男の元には今、何もしなくても第七音素が加速度的に収集するのだ。
生きているもの、生きていないもの、オリジナル、レプリカ関係なく、第七音素の流れはそこへ向かい、エルドラントの生成に使われていると思って間違いない。
そう、目の前の大爆発が進行している『鮮血のアッシュ』からも、乖離が進んでいる『レプリカルーク』からも。
もしかすると自分やシンクからも。
それを阻止する為にアッシュは動いている。だから、動けない。
もっとも、そういう理由を彼に明かすわけにはいかない。
このアッシュは、カンタビレの正体を真実知ることなく、カンタビレに続くのだから。

「動けない?」
「そうです。それに僕たちもあの人から下手に動かないようにとの命令を受けています」
「だから、何故だ」

動かない理由。
そんなものひとつだ。

「世界の為です」
「何?だったら、とっとと……」
「全てが終わった後に、民と世界の為に残す力が必要だからです」

導師イオンはいない。
大詠師モースは自滅する。
ヴァンを初めとする六神将は、残らない。
となれば誰がダアトを……否、預言をなくした世界で不安に惑う民を守るというのか。

(世界は荒れる)

カンタビレは言っていた。

(キムラスカとマルクトで戦争が起きる起きないの問題じゃねえ。縋るもんを無くした人間は、不安定になるんだよ)

不安はさざ波となり、いつか大きな波となるだろう。
そのときに、彼らを鎮めることはできなくても、無関係な人間を守る力、暴走する人間を牽制するだけの力が必要になると。
自分を支えてきた『絶対』を失ったことが在る彼の言葉は切実だった。

「お分かりになりましたか?」

無言のアッシュに、イオは静かに問う。


「……分かった」

疲れたように漏らし、アッシュは踵を返した。
理解は出来ても納得できない。そんな声だった。
どうやら、ここで話していてもどうにもならないということだけは分かったのだろう。

去っていく背中にイオは漏らす。

「いつかあなたもそうするでしょう」

未来は、ここへと続いているのだから。





その時カンタビレは?シリーズ(シリーズなのか?)
アッシュに殴り込みかけられてます、カンタビレ。
アッシュvsアッシュをやりたい気もしたんですが、レプリカ編になるとこのサイトの設定上では無理なんですよね……。
アッシュ=カンタビレが出て来れない理由はいずれ書きます。
<2007/1/14>






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