アッシュは乾いた笑いをこぼした。
まさか、こんなところで戦う羽目になるとは、という驚き以上に、やはりと納得する気分もあった。



「勝手なことをされては困るな、カンタビレ」
「勝手なこと?」

案外にあっさりと反論の言葉は流れた。

「あいにく中央勤めの六神将とは違って、こっちは万年地方巡り。たまたまアクゼリュスの近くで演習があっただけだ。何が悪い」

ローレライ教団の演習で、地元の住民と物資の売買などするのは珍しいことではない。また、団員だけではおぼつかない作業に彼らを雇い、結果、町から遠く引き離すことも、だ。
そんな当たり前のことに目くじらを立てるほうがどうかしている。

「その演習について、こちらは通達を受けていない。認められんと言っているのだ」
「主席総長殿。認められない理由を聞こうか?」

返るのは沈黙。
あの頃よりは、近づいた年齢。
視線の高さは僅かしか変わらなかったけれども、無言の圧力には簡単に屈しないだけの心は手に入れたつもりだった。

「まあ、答えていただかなくとも、理由など知ってるがな」

キムラスカの聖なる焔。アクゼリュス消滅の秘預言。
導師派と目されている『カンタビレ』には教えられていない情報であっても、アッシュにとっては一度通ってきた過去だ。それも当事者として。
知っていて当然。
もっとも、それでも因果律を乱すわけにはいかない。
アクゼリュスを落とさないわけにはいかないが、僅かでも救える命は残らず救う。
それが三人で出した最終的な結論だった。
南ルグニカ平原での、民間人を巻き込んだ演習であれば、続くキムラスカとマルクトの開戦への牽制にもなるかもしれないとの思惑もあった。

「邪魔をする気か?預言によって師団長になったものが、預言の成就を」
「預言などどうでもいい人間が、良く言う。ヴァンデスデルカ」

『カンタビレ』には教えられていない本名を呼べば、男の腕がすらりと動いた。
剣はいつでも抜くことのできる体勢だ。

「どこまで知っている」
「おまえが予想している以上に」

答えながら、アッシュも剣を抜いた。
気持ちが高揚する。
ヴァンとは模擬戦闘では何度か手合わせをしたことがあったが、本気での斬り合ったことはまったくなかった。あれほど対立した『過去』でさえ、この男は利用価値の高いアッシュに対しては本物の殺意を向けたことはなかった。

「お付きの二人がいないようだが、余裕だな」

シンクとイオの不在を揶揄される。たしかに三人であれば剣術・体術・譜術と死角はない。
が。

「俺ひとりで十分だ」

あの二人は住民救助のためにアクゼリュスに潜らせている。
本来であればアッシュが行きたかったのだが、過去の自分とレプリカと、今やローレライとなっている自分の間に何の影響を及ぼさずにいられる自信がなかった。もともとあの秘預言は、ルーク=フォン=ファブレとローレライとの間で起こる大爆発、それで発生するエネルギーによる大地の消失を詠んだものなのだから。
保険もかねて、常ならば下級の団員にやらせる民間人の監督に出てきていたわけだが、どうやら役に立ったようだ。
民はすでに避難させている。もっとも、もしここで食い止めなければヴァンなり他の六神将なりが強制的にアクゼリュスへ連行する可能性があった。
表向きは、故郷の危機を知って帰還する民を誘導する、とか何とかで。
裏向きでは、事件の悲劇性を高め、キムラスカとマルクトの戦端を確実に開くために。

(やるのは時間稼ぎだ)

構えながら、アッシュは言い聞かせる。今の自分でも、この人間の体を持つ以上はヴァンに確実に勝てるかは分からないし、その必要はない。
時間が経てば、ヴァンはアクゼリュスに戻らざるをえないのだ。
それに。

もう自分とこの男の決着はついている。

(ルークと、……アッシュの為に舞台は残しておかないとな)


因果律とかそういうもの以上に、それが一番大切なのだと思う。




戦闘シーンが入らなかった、アクゼリュス裏話。
おかしいな〜、ヴァンvsアッシュ(カンタビレ)が書きたかったのに、書けてない……。
緑っ子たちは地道に人命救助に励んでます。
<2007/1/9>






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