「まだ、目が覚めない?」

窓から帰還したシンクは、もう一人に問いかける。

「全然ですね、困ったことに」
「まったく」

ベッドに横になっているのは、きっと全部の事情を知っていて、おそらく全ての元凶だ。
見慣れていたはずなのに、色が違ってしまったせいでまったく知らない別人に見える。
鮮血と呼ばれていた目の覚めるような深い赤が、闇夜に輝く灯火のよう。
もしこの場に、ローレライ解放の光景を遠目にした人物がいれば、それは音譜帯へと駆け上った光の柱と同じ色だというだろう。
あいにくとこの場にいるふたりはその時点で死んでいたため、そんなことは知らなかったわけだが。

「僕が抜け出したのはバレてないだろうね?」

ロニール雪山で拾われてからずっと、彼らはケテルブルクで軟禁状態だ。
何故か自分たちに関して預言が読めない、という不審さ。そして、最大の理由はいっこうに目を覚ます様子のない青年。医者も匙を投げたが、とりあえず意識が戻るまでは動かさない方がいいとの結論で落ち着いた、らしい。
今頃はダアトに通報が行っているだろう。
誰かが派遣されてくるのは確実だ。
できれば預言至上主義者のモースが出てこないことを祈りたいが、誰が来たところで情報をいっさい与えられていない状況では対処できない。
おかげで身の軽いシンクが窓から出入りして情報収集に励んでいた。

「それで、なにか分かったことは?」
「ND2014」

何を言われているかわからずに首を傾げた相手にシンクは苦々しく吐き捨てる。

「今は、ND2014、ローレライデーカン、10の日だってさ。僕の記憶では、僕たちが拾われてから3日経ってる」
「ぼくたちが拾われたのがND2014、ローレライデーカン、7の日というわけですか」
「3日の差なんてたいした問題じゃないよ。……どうして、あのときから4年も遡ってる」
「そして、どうして死んだはずのぼくたちが生きているかってことですね」

ふたりとも死んだのだ。ND2018、ザレッホ火山で、エルドラントで。

「それにアッシュも」

彼もまた、同じときにエルドラントで息絶えた。
普通であれば、これは彼とは別人だと考えるだろう。見た目からして違うのだから。しかし、なぜか彼らはこれが彼に違いないと分かってしまう。

「まあ、からだが縮まなかっただけでも良しとするさ。きちんと動くしね」

時間を遡ったというのが本当であれば、実質年齢2歳の彼らは消えてしまう。
見かけの年齢が変わらなかったのは不幸中の幸いだ。
しかし、シンクの発言にイオンは眉をひそめた。

「シンク、もしかして戦ってきましたか?」
「モンスターを少し片付けてきただけさ。アンタと違って閉じ込められっぱなしには慣れてないんだ。ついでに、僕たちが落ちてた場所も見てきた。見事に雪と氷で閉ざされてたけどね」
「雪と……氷、氷の地?」
「……?どうしたのさ。ロニールじゃそれは普通だろ?」

今さら何を悩んでいる。もっと考えるべきことはあるはずだとの皮肉は、イオンの手で制された。

「ND2014、ローレライデーカン、7の日、ND2014、ローレライデーカン、7の日、氷の地……」

呟くイオンを一瞥して、シンクはベッドの端に腰掛ける。人が眠っていることなど気にしない。この程度で元凶が目覚めるのならば何度でもやってやるとばかりの乱暴さだった。
イオンの声が止む。
まさか。声なくくちびるだけはそう動いた。

「シンク、まずいです」
「まずいのはわかってるよ。アンタ、何を」
「違う。それ以上に、預言が」

シンクの表情は知らないことを如実に語っていた。同じ導師のレプリカとして生み出されても、棄てられた彼と使われた自分とでは与えられた情報が違うのだ。イオンはようやくそのことに考え至って、口を開く。

「預言が、あるんです」

「「ND2014、ローレライデーカン7の日
氷の地に未来の標が現れる
彼の者は破壊と再生を象るものである
その名を『生命を歌うものカンタビレ』と称する」」

声は見事に重なった。
けれどももちろん、言葉の発生源はシンクのわけはない。
反射的に見た扉のところ、いつのまにか開いていたそこには白い装束を身に着けた少年がひとりうっすらと笑みをたたえていた。


オリジナル


声に出さないだけでも上等だった。
ふたりはオリジナルと会ったことはない。目にしたことも。
知らず知らずのうちに体を硬くしている二人には頓着する風もなく、オリジナルイオンはまっすぐにレプリカイオンの前に立った。

「その預言は、教団でもなかなか重要な預言です。一般的に知られているわけもない」

どうしてそれを知っている?
強い視線から目を逸らせない。
シンクが立ち上がるのが気配でわかったが、気をかける余裕はなかった。
あれだけ邪険に扱われていてもアッシュになついていたルークを思い出した。レプリカに対するオリジナルの威力というものを味わっている気分だ。

「さあ、どこで知ったのです?」

一歩もオリジナルは動いていないし、オリジナルの方が体も小さい。
それなのに気圧される。
黙り込んだイオンの後ろで、シンクがそっと動くのはきっと退路を確保するためだろう。
その動きにオリジナルは気がついていて、表情を崩すことなく言い切る。

「無駄です。逃げられませんよ」

その身を取り囲むのは音素の導火線。ふたりが知るよりもなお速く展開されるダアト式譜術。いつでも発動できる状態だった。
さらに彼らを追いつめるように、窓の外で黒い影が踊る。
魔物。

「……アリエッタの」

ついこぼれたシンクの言葉は囁きに近いものだったにも関わらず、オリジナルの耳にはきちんと届いたようだ。

「これはこれは」

表情を険しくする。決定的に彼の機嫌をそこねる何かを踏んでしまったらしい。
譜陣の輝きが強くなる。

オリジナルのダアト式譜術の威力って、どれくらいなものなのだろうか?

図らずも二人が同時に考えたときだった。

「……おまえら、ごちゃごちゃうるせぇ」

聴こえてきた、ものすごく不機嫌な声。
そして、返事をしたのは動けなくなっていた二人ではなく、彼らのオリジナルだった。

「はじめまして、カンタビレ?」




カンタビレ命名編。
逆行したアッシュ+緑っ子はロニール雪山で預言に従って拾われました。
……えーと、本来拾われるはずだったカンタビレさんのことはどうなったか考えてません、すみません。






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