因果を動かしてはならない。
それがどれほどの苦しみをともなうことであっても。
なぜなら、
僅かでも『過去』がずれれば、『現在』の自分たちが存在しなくなるかもしれないのだから。


<因果応報の因果>


別にてめぇがやらなくても、良いんだぞ?

耳によみがえった運命共同体カンタビレ――アッシュの言葉に、シンクはらしくないと自嘲した。
この時代にとってのローレライをヴァンがその身に封じてしまったために、アッシュはローレライとして、第七音素全てがあの男に従うのを防がなければならない。
おかげで無防備になってしまうアッシュの守護には、カンタビレその2その3の自分たちレプリカイオンのどちらかがいるのがベストだった。
自分が行くからシンクはアッシュの守護にまわってくれとイオは言ったけれど、彼はあえて無視した。
これは自分が見なければならない問題だ。


雑然としたケセドニアの町並みに、かつて見慣れていた色彩を認めて、シンクは思わず足を止めた。

レプリカルークとその一行。

主席総長の妹、滅亡した島の主、元導師守護役の少女、死霊使いにキムラスカ王女。
どこか動揺した雰囲気が漂うそこに、シンクは思い出す。
かつてここで、自分は彼らに遭遇した。
導師のフリをして、人々をそそのかし、レプリカ情報を抜いては放り棄てた自分がつい先ほどまでそこにいたのだ。

あのころの生活がよみがえる。
何もかもがどうでもよくて、空っぽのからだに何かが注がれればそれでよかった。
必要のないレプリカはゴミなのだから、そのゴミが命令されてどう動こうと、それは自分のせいではなく。
命令する人間の責任だと思っていた。
誰が傷つこうと文句を言おうと、それは自分のせいではなく命令したもののせい。
否、もしかすると負の感情ですらも浴びていたかったのかもしれない。
空っぽに反響すればいいと。

行動を決定づけていた、たしかに存在する己の意志も、頑なに認めようともせずに。


ああ、過去の自分をぶつけてぶん殴ってやりたい。


譜力も体力もあの頃と比べられないくらい上がっている。
あの彼らの様子から考えて、偽イオンは遠くへは行っていまい。
簡単に探知できる――。


「カンタビレ様」

まるでシンクの思考を諌めるようなタイミングで、部下が名を呼んだ。

自分だけの名前ではないそれに引き出されて、アッシュの言葉がよみがえる。
過去にさかのぼったことが判明したときの、あの約束。


過去をいじるな。
どれほど苦しかろうと。
現在の自分たちが存在しなくなるかもしれない。
そして未来の奇蹟も。


過去のシンクを捕らえることは出来ない。
過去の自分を止めることは出来ない。
できるのはせいぜい監視することだけ。
人々に注意を促すことだけ。

たった、それだけ。

「ああ、わかってるよ」

吐き出してシンクは足をルーク一行へと向けた。
ひとつに括った髪が足取りに合わせ背中で揺れる。
今は仮面をしているわけでもなく、変装しているわけでもない。身につけているのは一般的な詠師服だ。
気付かれたらそれこそ一大事だが、臆することは許されない。

「ルーク=フォン=ファブレ様でいらっしゃいますね?」

声をかける。
死霊使いの瞳が驚いたように見開かれたが、構うものか。先手必勝。

「失礼。私は第六師団副団長を務めているものです。師団長より偽導師の……いえ、参謀総長の動きを把握するよう命を受けております。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「……少しだけでしたら」


さあ、断罪の時間だ。
これは、自分が生きていくために避けては通れない路。
誰にも譲ることのできない役目。


返事に、彼は微笑んだ。
この頃の『シンク』にはできなかった表情だった。




本編中。
第六師団の団員にとってはアッシュもシンクもイオもみんな「カンタビレ」です。
シンクは自虐的に生きてます。




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