この空に祝福を





 ――まったき光は 慈しみを示し注がれる
   地よ安らかたれと 宣べ伝いて


 続き歌いあげていく筈の声は、けれど途中で止んだ。一同の前に立ち音をまとめていたコーネルが、手のひらを俯けてすっと下げたのだ。

「もう少し、一音ずつはっきりと発音するようにして下さい。もう一度・・・」

 促され、先ほどより心持ち明瞭に、紡がれていく歌声。
 歌っているのは、新同盟軍に属する少年たちだった。クリスマスの祝いに合唱をすることになったのは、一月ほど前のこと・・・それ以来、練習を重ねてきていたのだ。
 初めての練習の時は見事にバラバラで、歌う以前に発声法から指導を受けた声も、今ではきれいに揃うようになっていた。


 サスケもまたその中の、ソプラノの一員であった。
 最初はそれほど乗り気でなかった練習も、最近ではけっこう楽しみになってきている。・・・・・口に出して言おうとは、あまり思わないけれど。

 旧赤月帝国によってロッカクの里が壊滅したのは数年前、冬枯れた森の寒さを皮膚をえぐるような冷たい風を、サスケの全身は覚えている。 そして今は、この地で血に染まりながら戦う、戦っている。・・・それは、ともに歌う少年たちの多くも同様だったが。


 あたたかな部屋。メゾソプラノ、アルトの声が重なり和していく。
 サスケはそれを聴きながら、主旋律であるソプラノを歌い上げる。
 室内に幾重にも美しく響く、透明な歌声。


 静寂の満ちる雪景色、失われた命、凍えて動かない指先。
 絶望を知っている。
 その事実に、逆接ではなく順接でつながる『今』。

 昏さを知るからこそ。心に灯火の染み渡る、ぬくもりがわかるのだ。
 輝きが救いとなることを、魂は知っている。


――我ら感謝の声合わせ 喜びの歌を歌う


 誰かに捧げる祈りの為ではなく、自らの意志としてより美しく歌おうとする・・・その根底の部分に、横たわっているのが過去だった。

(だからどう、ってわけじゃないけどな)

 練習を終え、屋外に出ると風が吹き付けてきた。
 ロッカクには到底及ばないとはいえ、デュナンの地にも本格的な冬がやってこようとしている。晴れ渡った冬空を仰いで、サスケはふっと口の端をあげた。





 やがて本番、皆の前で歌うときがやってくる。
 すこしばかりの緊張、けれど少年たちは笑みを交わした。そしてあかりに照らされた舞台に立ち、一礼する。


―――この祈りの夜 天に星 導きの光満つ


 出だしのソロを務めるボルガンの、見事なソプラノの声が。ざわめきの去った空間に、弧を描くように舞い降りた。
 なかなか歌詞が憶えられなかったボルガンは、ルックに口伝えで習ったという。一方で自身は声量の足りなかった、ルック・・・それぞれの足りない場所を補い合うように。
 ボルガンの旋律に、次々と声が加わり調和し、響く歌声。

 想いはそれぞれに。
 けれど時と場所を同じくし、声を揃えてひとつの歌を歌う。
 心の音もまた響き合い和音を描き、しんと冷える冬の夜へ渡っていく。


 まったき光など、人の子は持ち得ない。
 全てを知ることも、照らし出すこともまたできない。

 それでも

 響き合うことで誰かの心にあかりを灯せることがあると・・・知っていた。
 それで、良かった。


 凍てつく夜を知ってなお。サスケは、少年たちは、新しき朝への希望を高らかに歌いあげる。
 光しか知らぬものが光を解することはできない・・・響き渡るは、今この地に集う子らゆえの調べ。

 奇跡など求めはしない。ただ。
 生きている今を想い 安らかなる明日を願う。


 ラストに向け高まっていく想いと声と。
 その空間を、時間を、満たしていく言葉と旋律。

 サスケには、盛り上がるところなどでつい、コブシをきかせてしまう癖があった。声をうねらせないように、意識の片隅で注意を払う・・・大丈夫。

 まっすぐに、輝きをと求めて呼ばうのは高く豊かなソプラノと、それを支えるメゾとアルト。 そして、その輝きがあまねく世に満ちることを願う、優しい旋律で歌は・・・締めくくられる。

 余韻を残して最後の一音が、終わる。

 一呼吸ほどの間をあけて。
 割れんばかりの拍手が、少年たちに送られた。

 サスケは顔を綻ばせた。一緒に歌っていた仲間たちもまた、笑顔を溢れさせている。
 歌いあげた、それがただ愛しく、誇らしく、嬉しかった。あたたかかなものが、胸を満たしていった。


 かくて、この夜。  透明な輝きのひとひらが、そこに集う人々の心に刻まれた。
 それは何の未来を約するものでもなく。けれどこの後にもたらされていく未来の中でも、確かに響き続けることとなる。


 閉ざされし日々の終わり 停滞の鎖は砕かれる。
 生と死と そして輝きを携えて。明日は必ず訪れるのだと。



***
『ホシノカオリ カゼノイロ』サイトマスター兼貴重なオフ友RAGIより、キリ番取得記念でいただいたキリリク作品です。
お題は「歌う美少年ズ、コブシをきかせるサスケ」。
自分で描けばお笑い一直線になってしまうだろうこんなリクにも、彼女は見事に透明な世界を構築してくれました。
うっかり持ち帰りタイミングが遅れてしまったのですが、こんな素晴らしい作品に季節限定の標識は必要ありません。





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