奏幻想滸伝
          歪曲開始


 風景のすべてが白かった。
 屹立した柱は磨き抜かれて白く、景色もまた雪に塗り込められている。
 吐く息も白く凍る。
 子供はその風景の中に青い染みのようにして存在していた。
 纏った青い衣を覆い隠すがごとく、ちいさな肩に雪が降り積もっていく。
 だが、子供は気にしない。
 頑なまでに立ち尽くす。
 何かを待つように。
 否。
 子供は確かに待っていた。
 ただ一人を。
 雪が音を飲み込んでいく。
 しんと静寂が広がる空間がふいに揺らいだ。世界が歪む、音ならぬ音。

 「決心は?」

 無音の庭に降るのは女の声。
 歪みの中心に、あたかも水鏡に映る像。焦点は常に定まることがない。

「つきました」

 そんな異常を目の当たりにしても、子供はどこまでも冷静だった。落ち着いた声で答える。

「連れていって下さい。僕は世界を知りたい。書物からだけでなく、この狭い神殿のなかだけでなく、もっと広い世界を知りたい」

 言葉に反応したのか、揺らいでいた像が実像となる。
 たおやかな腕が伸ばされる。それを取るのが当然と、子供は手を重ねた。
 しっとりとした体温が現実を実感させる。

「あなたの決断を祝福しましょう。おいでなさい、ササライ」

 引き摺り込まれるようにして子供の姿が消える。
 雪が降り積む。
 子供が確かにそこに存在していた証拠の足跡さえも、すぐに消えた。


 ハルモニア神聖国。
 法と秩序と、そして紋章を重んじるその国から奇跡の子供が一人消えた。
 そして、それを補うかのように。
 闇に隠されていた子供が姿を現す。


<2004.10.16>


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