デュナン地方にある七夕は、トランを越えてはるか南の国を起源としているという。都市を挙げてというほどではないが、その土地で名のある屋敷には笹が飾られ、人々は自由にそこへと短冊を結びつけていく。
 対して、ハイランドでは都市同盟への対抗心からか、あるいはハルモニアに対する配慮からか、このような光景は見られなかった。
 しかし、最初は首を傾げていた軍主姉弟も、祭りの中身について教わるうちに瞳を輝かせるのは予想のうち。
 かくして、どこからどうやって運んできたのか見事な笹が船着き場に飾られ、本拠地の住人にはめいめい短冊が配られることと相成ったのである。



かなわなくても、べつに



 ピンクと水色の折り紙で作った飾りを片手にニナは笹を見上げた。
 大きい。
 グリンヒルでは毎年ニューリーフ学園に笹が置かれていた。飾り付けは生徒が中心になっていたが、まだ学校に上がれない年齢の子供たちも交えてカラフルな笹を飾ることになっていた。グリンヒル育ちのニナは他の都市の七夕飾りを見たことはなかったし、やはり都市同盟の一員としては「やっぱり私のところのが一番よね!」というのがあった。
 見上げる笹は、けれども彼女が知っているものよりも一段と立派だ。飾りも細かく凝っている。おそらく、この城に住む女性たちが丹誠込めて作ったのだろう。
 手のなかにある輪を見て、ニナは困ってしまった。こんなことなら、もっと気合いを入れて作ってくれば良かった。
 もちろん、子供が頑張って工作した微笑ましい飾りも多いのだけれど、ついそう思ってしまうのは負けず嫌いな性格のせいだろう。
「あーっ、ニナちゃん!」
「ナナミちゃん」
 声に振り返ると、片手をぶんぶん大きく振ったナナミが駆けつけてくるところだった。衝突しそうな勢いで走り込み、見事な急停止を決める。
「ニナちゃん、短冊結びにきたの?」
「う、ううん」
 問われて、ニナはぎくりとする。それを隠して、手のなかの飾りを見せた。
「これを飾ろうと思って。かわいいでしょ?」
「あ、うんうん!これ、手作り?すごーい」
「そんなことないわよ。糊とハサミがあればできるもの」
 言いながら、ニナはもう一度笹を見上げた。これをどこにどうやって飾ろう。こんなに大きいとは思ってなかったら、長さはあるけれどもてっぺんからは飾れそうにない。
「あ、だったらムクムクに頼むから大丈夫大丈夫!」
 笑顔でナナミはいうと、ムササビを探しに飾りの輪っかをもったまま、走っていってしまった。
「あ、あのナナミちゃん?」
 困ったニナの呟きは、おそらく彼女の耳には届いていないだろう。
 果たして、再び彼女は独りになった。
 にぎやかなナナミがいなくなってしまうと、一瞬の存在だったとはいえ、湖の音がやけに響いた。
 左右を見渡して、そっとニナは短冊を手に取る。
 戦争がはやく終わりますように。
 お父さんが帰ってきますように。
 背が伸びますように。
 平和になりますように。
 ミューズに戻れますように。
 逆上がりができますように。
 何を勘違いしたのか、おそらくテンガアール作の婚姻届までぶらさがっていた。
(どうしよう)
 真っ白なままの短冊をニナは握りしめる。
 一年に一度のお願い。そして七夕。
 だから、書くのはやはりあの人のことにしようと思った。
 けれど、どう書いていいのかわからない。
 恋人になってくれますように。
 自分のことを好きになってくれますように。
 子供扱いされませんように。
 ちゃんと正面から向き合ってくれますように。
 どれも、違う気がした。
 そういうことならば、星になんて願わない。だって、自分の努力でどうにかしなければならないことだから。
 ううんとうなって首をおとした。
 まじめに考えてしまうからいけないんだわ。
 目の前をピンクの短冊が揺れる。
『守れますように』
 不器用な文字に見覚えがあった。ナナミのものだ。軍主になってしまった弟を気遣うかたち。
 ナナミの気持ちはよくわかる。自分だって、フリックのことを守りたいと思うから。たとえ、不可能でも。
 でも、今の彼女では無理だ。運動といえば体育の授業くらいでしかやったことがない、紋章術といえば学校でしか習ったことがない。平凡な、女の子。
「これ、かな?」
 ちょっとこころをかすった答え。短冊を胸元で握りしめて、ニナは何を書こうかと決めた。
 同じように迷う人がいるのだろう、笹の近くにはペンが置いてあった。
 それで短く一言書いて。
 笹のてっぺんを見て、微笑む。
「こっちでいいわ」
 呟くと小さくしゃがんで、地面すれすれの部分に短冊を結びつけた。
「ニナちゃーん!ムクムク連れてきたよっ!」
 声に振り向けば、真っ赤なマントが地面にぼとりと落ちるところ。それを慌てて受け止めてやって、走ってきた友人を見上げた。
「あれ、あれ?そんなとこに結んだの?」
 高いほうが、天に近いほうが、願いはかなうと信じられているのに。
「うん、いいの」
「えー?でも、フリックさんのことなんでしょ?」
「……かな?」
 曖昧に笑って、ニナはピンクと水色の輪をムクムクに持たせた。風に乗ってムササビが空に飛び、色彩が翻る。
「変なの」
「でも、かまわないから」
 かなわなくても、べつに。
 言うと、ニナは大きく伸びをして。あげた両手のてのひらを太陽にかざす。梅雨の晴れ間。いつまで続くのだろう。
 今夜は晴れるだろうか。
 晴れでもいい、雨でもいい。願いも、気持ちも天気くらいで揺らぐものじゃないから。
「ナナミちゃん、おやつ食べに行かない?」
「行く行く。ねえ、リクも誘っていい?」
「うん、フリックさんに会えるといいなあ」
 日常の足音が、特別な願いを後にする。


 デュナンの風が願いを優しく撫でる。


『強くなれますように』


 守れる強さ、守られることを許せる強さ。
 すぐ隣にいることを認めてくれるように。



***余談***


「ほほほ、かわいらしい願い事ですこと」
「レックナート様、ついに……(美少年だけでは飽き足らず)」
「まあ、ルック。なにか言いましたか?」
「……いいえ」
「かつての私のいじらしい初恋を見ているようです。私は星見。宿星の願いならばなおのこと、手を貸すのが筋というものでしょう。ふふふ」
「(笑顔が邪悪ですよ……)。何をなさったのです?」
「ええ、彼女のブックベルトに細工を。これが将来、愛の奇蹟を起こすのです」


→愛のブックベルト Lv16:165>オデッサ++ Lv16: 150







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