魔法兵団長は不機嫌だった。それはもう、その視線が殺人光線を発しているのではないかと思うほどに。 料理大会に強制参加させられるよりかはと、食材の調達を引き受けたのだ。 どちらにしろ、彼以外にはこの役目を果たせそうな人間はいなかったから、逃れられるはずもなかったろう。交換条件を引き出せただけましだった。 その横を行くトランの英雄は御機嫌である。彼は腕っぷしはからっきしなルックの護衛を引き受けていた。 雪山に二人きりの状況に無意味に歩みがスキップになっているが、足下が悪いこの地でも、器用にそれは形になっている。 「なんで、あんたがついてくるのさ」 「場所が場所だからだろ。さすがにひとりで来るのは危ない」 「それだったら最初から寄越さなきゃいいんだ。そうでなければ、料理を変えるとか」 ぶつぶつと呟きながらも、律儀に仕事をこなしていく。周囲を見回して、場所を決める。 用意してきた麻袋を広げ、そこに目当てのものを詰め込んでいく。なるべく綺麗なものを、ふうわりと。 「手伝おうか」 「いい。それより、モンスターが来ないか見張ってて」 「了解」 ざくざくと音が響く。心地よい無言。吐く息が白い。 彼の白い手が赤く染まっていくのを眺める。 彼は普通の人間と違って、身体の感覚が非常に鈍い部分があるから気にならないのかもしれないが、見ていて痛々しい。 「なあ、ルック」 「何」 こちらを見向きもしない。それが彼だとわかっていても、それでも顔を上げてくれればいいのにと思う。 「手袋とか、持ってこなかったのか?」 「……別に感じないし」 だから必要ないのだと。 言葉は簡潔に、完結して。 ざくざくざく。静かに響くのは雪を掘る音。白一色の世界で、英雄の望む色彩は現われない。 「それでも、見ていて痛いんだ」 「だから何?」 彼の手が止まった。ただし、それはシアンの言葉のためではなく、単純に作業が終わったからだ。 隙間のないようにしっかりと口を縛り、ついでに風の紋章を使って周囲の冷たい空気で袋を包み込む。 これで、持ち帰ってもしばらくは溶けないはずだ。 袋を両手で持ち上げ、やっとこちらを向く。新緑の瞳には怪訝な色しか見えなかったが、両手はかじかんでいてもおかしくないほどに色づいていた。 「持って」 なるべく固まらないように詰めたが、雪の重量は甘くみることができない。帰還するための転移の呪を紡ぐには、両手の荷物は邪魔なのだろう。 差し出された袋に素直に手を伸ばす。ただ、伸ばす先は彼の手の上。 ひんやりとした冷たさ。眉をひそめる。このまま放置したらしもやけになるかもしれない。真夏にしもやけ。 「……?」 動かない相手に疑問の視線を。 それでも重ねられた手があたたかくて、言いかけた文句を忘れる。 「……冷たい」 「……そう」 稀なことに嫌がっていない。言葉少なに、向かい合わせ。 「このまま」 囁くような英雄の言葉に、ルックは首を傾げて。やや上にある彼の顔を見上げる。 「……いいけど」 曖昧な問いには曖昧な答えを。 本当に珍しい言葉。 後に残るは、緩やかな静寂。 * * * 競争原理の誤用法==そのとき彼らはなにをしていたか== 本編内に載せようと思っていたのですが、あまりにも彼らが+から×になりすぎたので別にしました。 ルックが素直すぎて変。最初はいつもどおりの毒舌(というかしょうもない話)だったのですが、どうしてか仏心(?)を発揮した模様。 彼に関しては私的設定がちょこっと入ってます。 私のなかの坊ルクのイメージソングはDo As Infinityの『柊』です。雪が似合う。 |